2020年1月20日 (月)

戻りつつある日常

 ずいぶん長く更新を怠けていました。体調とパソコンの不調もありますが、いちばん大きかったのは気力の喪失かもしれません。発端は12月初旬の夜に起きた全身の痛みです。次の日、徒歩5分のホームドクターを受診すると、脊柱管狭窄症の再発だろうとおっしゃいます。7年前に手術していただいた脊椎クリニックに電話すれどもつながらず。数日にわたって試みて、やっとつながってとれた予約は二か月先でした。ホームドクターに処方していただいた鎮痛剤で年末年始をしのいだのですが、年末に脊椎クリニックから電話があって、予約が一か月前倒しになって、1月7日になりました。なんとか年末年始をやり過ごして、脊椎クリニックに行ったのですが、10時40分に来てMRIとレントゲン、診察は16時。いったん帰宅するには距離がありすぎ、小雨の降る寒い日に4時間あまりを過ごすのは、かなり辛いものがありました。

 検査結果はシロ。脊柱管は狭窄しておらず、経過観察、次は2月25日ということになりました。翌日、ホームドクターに報告といつものお薬をいただきにいったら、2時間待ち。2日続いた医療機関通いで風邪を引き、鎮痛剤の副作用とあいまって、体力と気力が著しく衰えてしまいました。嬉しいことに10日たって、少しずつ回復して、今日にいたっています。やれやれですが、しみじみとわかったのは、検査に現れない身体の不調は時間しか治すすべがないということでした。

 更新を怠けていたもう一つの理由はパソコンが読めるけれども書き込めない状態になってしまったこと。スマホでメールや短文のSNSはなんとかなりましたが、少し長めの文は書けません。ただ何事も一つぐらいはいいことがあるもので、年末年始に滞在していた娘に教わって、スマホのショートメールが覚えられました。スマホの入力が苦手で、もっぱら緊急連絡用でしたが、いまさらながらショートメールや検索が音声で入力できることがわかって、「文字入力ができない」などと叫ぶと、ご親切なサイトがいろいろ教えてくださいます。あれこれ試したものの直らず、結局、外付けワイヤレスキーボードを買えというアドバイスに従って、アマゾンから届いたマウス付キーボードで、やっと文字入力ができるようになりました。こちらもやれやれです。

 

 

 

 

 

2019年12月 8日 (日)

「老いとともに」

 朝日新聞の「老いとともに」というシリーズものに「旅に出かけて健康になろう」という記事が掲載されて、我が意を得たりと思いました。旅先での体験が心身のリフレッシュや健康への気づきにつながり、リハビリ効果もあるというのです。旅行の健康効果として、旅行前・・①予算の調整や準備➁体調管理 旅行中・・①ストレス軽減やリフレッシュ➁移動が運動に③会話しコミュニケーション④風景・美術品の鑑賞で知的好奇心の刺激、旅行後・・①写真や会話で振り返る➁次の旅行の計画が生きがいに、というまとめはほとんど首肯できます。

 ご親切にも旅行をするのが難しい人のために、地図を見ながら近所を散歩したり、好きなカフェ巡りをしたり、出かけるだけでも脳への刺激につながると提言されていますから、参考にさせていただきます。

 ただ、いいことばかりではありません。宿泊施設のなかには、高齢者の独り旅を敬遠するところもあります。多くは駅に近いビジネスホテルを選んでいるので、あまり問題はないのですが、日本旅館を予約したら、チェックインのとき「急病になったときの連絡先を書け」と言われたことがあります。「なりません」と返したのですが、いい気持はしませんでした。

 

 

2019年12月 6日 (金)

北とぴあ

 12月に入って最初の日曜日は、かなり迷ったすえ、王子駅に近い北とぴあにヘンデルの「リナルド」を観に行きました。迷ったのは、かつてローザンヌで観た一生モノの「リナルド」の会場にたどり着くまでのいきさつも含めた忘れがたい思いが薄らぐのではないかという懸念があったからです。結果的には、会場でお会いする約束ができたK子さまとの楽しい時間が、オペラを単なるオペラではなくしてくださって、いい日曜日になりました。

 少し早めに家を出たのは、1時から売り出すという玉子焼きが目的です。王子駅北口の改札から出てすぐ左手に行ったところにある音無親水公園のそばだというので、公園も歩いてみました。旧石神井川があった場所に整備された公園で、渓谷の様な流れに日本庭園が造られています。

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 駅の近くの扇屋は、知る人ぞ知るというタイプの有名店ですが、半間+αの狭くて賑やかなお店に並んでいるのは玉子焼きだけ。幸いにも並ばずに変えました。三代将軍家光のころに創業して、掛茶屋や料理屋を営みました。

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 「リナルド」に言及するのはやめて、そのあとK子さんと行った「たまや」さんがナイス。居心地のいいお店で、お話が弾み、日ごろ無言の行に励んでいる私にとっては狂喜乱舞したい時間でした。17時から19時限定のイブニングセットはリーズナブルです。

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 2020年の3月は「シッラ」とジャルスキー。身体を鍛えます!

 

2019年11月26日 (火)

北陸新幹線の旅・・・⑤金沢庭園めぐり

   旅先で誕生日を迎えたのは8年前のローザンヌ以来です。右足の指先を傷めたので、スニーカーで出かけましたが、歩く姿勢が悪かったのか、帰宅後、激しい腰痛に悩まされました。高齢になると、痛みの出方が遅れるようです。最初に訪ねた寺島蔵人邸は、9時半からで、着いたときはまだ門が閉っていました。

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 寺島蔵人は450石の中級武士で、画家としても知られています。蔵人の祖父が現在地に邸地を拝領したという記録があるので、18世紀後半の中ごろに建てられたと考えられています。昨日の野村家と違って、見学者は私だけでした。

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  13畳半の座敷には蔵人の画が飾られています。1808年に訪れた浦上玉堂が琴を弾いたという部屋もあります。

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 座敷から蔵人が造らせたという三層九輪の塔を中心に広がる池泉回遊式庭園式に出られます。

 一駅だけバスに乗って、兼六園下で下車。兼六園とは反対側の西田家庭園・玉泉園が次の訪問地です。加賀藩高級武家庭園と名乗っておられますが、見どころはたくさんあります。

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 ここも独占状態でした。玉泉園は、720坪の敷地に造られた上下二段式の池泉回遊式庭園です。 作庭を始めた加賀藩士脇田直賢は、ソウルの生まれで、父の金時省が豊臣秀吉の朝鮮出兵で宇喜多秀家の軍と戦って戦死したため孤児となります。当時7歳の少年を哀れんだ秀家は岡山城に連れて帰りますが、少年は関ケ原の戦いで東軍に敗れた秀家と共に八丈島に流刑。その後、秀家の夫人(前田利家の四女)に伴われて金沢城に入り、二代目藩主夫人の玉泉院に育てられます。成人となった少年は、二代目藩主の近侍となって帰化し、家臣の脇田氏の娘婿となって脇田直賢と名乗り、晩年には1500石を与えられたというのは驚きでした。ヘイトデモをやっている人に聞かせたいと思います。なお城内の玉泉院丸庭園とは全く別の庭園です。玉泉園はいまから400年前の直賢の時代から100年にわってて作られ、兼六園より120年前にさかのぼります。

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 上掲略図➁織部型隠れ切支丹灯籠です。隠れキリシタンだった脇田直賢が造らせたもので、全体を十字架に見立て、笠の下部に合掌した聖母マリア像が刻まれています。

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  略図③の筒胴型飾り手水鉢は、全国的にも珍しいといわれています。正面の右に葦、左下に蛙の陽刻が配され、葦は「悪し」、蛙は「買わず」を意味し、「悪いものは買わない」という語呂合わせになっているそうですが、金沢郊外の豪商木谷家に伝来したものです。

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 建物は「玉泉邸」というレストランになっています。次の機会があったら、子孫と加賀料理を賞味したいものです。

 次の兼六園は65歳以上は無料です。内外の団体様を含めて賑わっていましたが、なるべく人のいない道を通って、加賀料理の「三芳庵」でお昼をいただきました。

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 三芳庵から見えるお庭が兼六園でもいちばん古いのだそうです。

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 「舟之御亭」は、絵図をもとに平成になって再現された休憩所です。

 随身坂門を出て、誰もいない石川県立美術館で数々のお宝を拝見。野々村仁清作の雄(国宝)と雌(重文)の雉の香炉がやっと並べて展示されるようになりました。

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 美術館から鈴木大拙館に至る一帯に加賀八家と呼ばれる1万石以上の大名並みの禄を与えられた重臣の筆頭、本多家の下屋敷がありました。本多の森の「歴史の小径」と名づけられた遊歩道のところどころに、遺構の解説が記されています。敷地は10万坪もあったそうです。

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 階段を下り切って、鈴木大拙館に至る道は「緑の小径」です。

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 鈴木大拙館は、非常にユニークです。

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 鈴木大拙館に隣接している「松風閣庭園」は、無料で開放されています。 松風閣庭園は江戸時代初期に、古い沼と自然林を生かして作庭された庭園で、霞ヶ池の周辺には多くの大木が植生し、本多の森と一体になった樹林を形成しています。

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 「旧本多家住宅長屋門」を出るとバス停の本多町は至近距離です。加賀八家筆頭の本多家の分家、本多内記家の門を平成28年に移築したものですから、記載のないガイドブックが多いようです。痛い足を引きずって1万歩以上歩いてしまって、帰宅後、2週間は類人猿のような格好で過ごしました。

   

2019年11月25日 (月)

北陸新幹線の旅・・・④長町武家屋敷跡界隈@金沢市

 11月6日(水)も快晴でした。宿の車と長い名前の鉄道で糸魚川に戻り、北陸新幹線で金沢に向かいます。これで糸魚川ともお別れです。糸魚川ではヒスイと相馬御風がご自慢と言いましたが、もう一人あちこちで名前を聞くのがヌナカワヒメ。駅の前にも、海望公園にも、ヒメと子どものタケミナカタの母子像が建っていました。『古事記』の神話では、高志(越)の国を治めていた美しく賢い奴奈川媛の噂を聞いた出雲の八千矛命=大国主命がやってきて求婚し、その間に生まれたのが建御名方命だとされています。古代における玉の霊力や出雲と高志の政治的関係などを示唆しているのかもしれません。建御名方命は長野県の諏訪神社の祭神ですから、ヤマトの天津神系と対峙する国津神系の勢力の動向も興味深いテーマです。

 平日の新幹線はガラガラで、9号車に金沢まで乗っていたのは私を入れて2人だけでした 金沢に11時ごろ着いたのですが、第二の難所が待っていました。実は、金沢のホテルを検索していたら、あるホテルに「ハッピーバースディ」という格安プランがあるのを見つけて、あさましくも飛びついたのでした。70歳以上で宿泊日が誕生日であることを示す身分証持参という条件にそうそう出会うものではありませんが、金沢駅西口から4分、すぐ見つかるでしょうという安易な思い込みが祟って、1時間以上迷子状態で、また泣きそう。しかも、武家屋敷を何軒か尋ねる予定で、スニーカーをパンプスに履き替えていたので、前日に痛めた足腰がいっそう悪化。悪戦苦闘の結果、やっと見つけたときはヘトヘトでした。

 駅中のお店で美味しいお寿司をいただいて息を吹き返し、意地を張って長町武家屋敷跡界隈に行ったのは、よかったのか悪かったのか。加賀100万石の城下町は欧米系外国人があふれています。とりわけ長町の野村家は、満員電車並みの混雑でした。

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 バスで香林坊まで行って、東急ホテルの玄関前の坂道を下ると、いかにもという風景が展開します。

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 旧加賀藩士高田家跡に残る長屋門。

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  金沢城の西にある長町武家屋敷跡は、加賀藩の上・中級藩士の居住地でした。現在も住宅地で、多くの建物は建て替えられていますが、土塀や石畳と大野庄用水で江戸時代の雰囲気を残しています。

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 藩政時代は50以上の用水があったそうですが、長町に残る大野庄用水です。

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Xlarge_cd85d8c32b2c4bbdac15f0f1d1e223f3 HPより

 1200石取りというとかなりの大身のはずですが、それにしては家が狭いと思ったら、明治維新以後、1000坪以上あった屋敷は門や土塀以外は菜園になってしまったそうです。昭和初期になって、豪商の大久保氏が豪邸の一部を移築して現在に至っているので、外国の方に典型的な武家屋敷だと説明するのは、どうでしょうか。

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 雪つりだけではなくて、灯篭に薦を巻いて、冬を迎える準備が進められています。

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 映画のセットのような石畳の道を歩いてホテルに戻りました。この日の歩数10960歩の半分近くは、ホテル探しの無駄歩きです。

 

   

 

 

 

 

2019年11月21日 (木)

北陸新幹線の旅・・・③谷村美術館・翡翠園・親不知@糸魚川市

   11月5日は快晴でした。糸魚川に行こうと思い立ったのは、村野藤吾氏が92歳で手掛けたた谷村美術館の存在を知ったからです。便数の少ない糸魚川市の路線バス・市街循環線の始発は8:40分発で、病院等に寄って9時前に美術館前に着きました。開門を待って入場すると、村野氏の孫弟子だと名乗る方が「よろしかったら、少しご説明をいたします」とおっしゃってくださいました。お話を伺いながら、村野氏とその作品に対する熱い思いが伝わってきて、心を打たれました。

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 谷村美術館は、木彫芸術家 澤田政廣氏の仏像「金剛王菩薩」「光明佛身」「彌勒菩薩」等10点の展示館です。シルクロードの中にある砂漠をイメージして設計されました。入口から美術館へと続く回廊は、雁木のイメージもあるような気がします。谷村という方の情報は美術館のHPにもありませんでしたが、地元の実業家だったようです。

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 回廊の壁と床の接点に丸みを持たせているのは、ここを歩く人が壁に手を触れないための工夫なのだと教えていただきました。
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 館内は撮影禁止ですので、HPの写真をお借りしました。半円形の石窟のような空間に一体ずつ仏像が展示されています。自然光と照明が作る影も見事です。
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 サロンから玉翠園を ながめながら、お抹茶をいただきました。
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 受付の方に道を教えていただいて、徒歩20分ほどの翡翠園に向かいました。バスの通る道を左折して坂道を登っていくと、お城のような翡翠園の石垣が見えてきました。玉翠園も翡翠園も中根金作氏氏の作庭ですが、翡翠園は回遊式になっています。

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 バスで糸魚川駅前まで戻りました。次の予定まで少し時間があったので、海岸の展望台から塩の道などを散策。
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 かつては海岸で製塩が行われ、塩は白馬街道を通って松本まで運ばれました。糸魚川から「えちごときめき鉄道日本海ヒスイライン」という長い名前の私鉄で2駅、親不知まで行くと、今夜の宿のご主人が送迎してくださいます。宿に着いたら、もう16時。本当はもう少し早い時間に行きたかったのですが、電車の本数が少なく、宿の送迎は15時以降なので、いたしかたありません。糸魚川の海岸でも「天下の険」と呼ばれた「親不知・子不知」が有名です。日没まで50分ぐらいしかないので、急いで親不知コミュニティロードからレンガトンネルを通る2㌔の周遊コースをたどってみたら、これが思いのほかハードでした。
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 展望台で日本近代登山の父・ウェストンのブロンズ像が日本海を見下ろしています。
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 海は70mほど下です。レンガトンネルまで徒歩7分という西側遊歩道に入ったのが大失敗。段差が大ありの階段がぞっとするほど続いて泣きそうになりました。誰もいないし、急階段を戻るのは悔しいし、昨日のガイドさんが今年は熊があちこちに出没すると言っていたし・・・。進むしかないと観念して、鎖にすがってひたすら降りて、100年以上前に建設された旧北陸本線のトンネルの入り口にたどり着いたときの安堵感といったら・・・。
 
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 トンネルの西側の入り口に懐中電灯が置いてあって、足元を照らしながら、ひたすら歩くこと680m。物好きな人は私だけでした。
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 やっと東出口を出て、写真の右側の東側遊歩道を這い上がって、ホテルに着きました。この蛮行がたたって、帰宅後、ひどい腰痛に見舞われました。1泊したホテルは長所・短所があって、かなり寛大な人でないと、無理かもしれません。この日の歩数は12228歩でした。
 

2019年11月20日 (水)

北陸新幹線の旅・・・②糸魚川定期観光

  

 11月4日は、土日祝のみ運行の定期観光バスを予約していました。10:40から16:40まで「フォッサマグナミュージアム」「高浪の池」「ヒスイ峡」「渡辺酒造・豊醸蔵」「断層見学公園・フォッサマグナパーク」と5カ所を回る予定ですが、最初に行った「フォッサマグナミュージアム」以外は車がないと行けそうもありません。集合時間まで少し時間があったので、糸魚川の旧市街を歩いて、2年前の大火で焼け残った雁木を痛々しい思いで眺めました。

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 定刻に集まったのは、7名。これで採算がとれるのかと心配になりました。

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  前日行った長者ヶ原遺跡公園に隣接して、「フォッサマグナミュージアム」が建っています。アプローチの横に据えられているのは大きなヒスイの原石です。孫が7人いるとおっしゃるバスガイドさんは、非常に博識な方で、個人的な趣味嗜好ならたぶん来ない場所で43億年前の地球の誕生から日本列島がかたちづくられ、現在の姿になるまでの悠久の歴史に触れることができました。フォッサマグナは「大きな溝」という意味で、明治時代にドイツ人のナウマン博士が発見・命名したそうです。第三展示室はナウマンの生涯を紹介するコーナーになっています。

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 次にバスが向かったのは「高浪の池」。ここで郷土料理の昼食を頂きました。高浪の池は山の斜面に地滑りでできた堰止湖で、神秘的な雰囲気です。敗戦後、引揚者や予科練の生徒だった方が開拓に入り、居住施設が建っていたそうですが、いまは跡形もありません。午後は山道を登って、「ヒスイ峡」に向かいました。かつては田んぼだった土地は、荒れ野に変わり、杉の木もほとんど手入れされていません。糸魚川市は毎年、6000人ずつ人口が減っているそうで、あとで調べたら、現在の人口は42000人ですって。

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 明星山の麓、姫川の支流である小滝川一帯は「ヒスイ峡」と呼ばれ、ヒスイの原石がたくさんあります。駐車場から階段を下りて、河原までおりましたが、天然記念物に指定されているため、採取禁止です。明星山の断崖に生えた真柏は、盆栽愛好家に珍重され、採りにいって転落死した人が32人とガイドさんが言われました。

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 根知川が流れる谷あいに建つ渡辺酒造の豊醸蔵に寄りました。平成26年に自社所有林から樹齢80年の杉の大木を200本以上切り出して、1年乾燥させ、地元の製材所で製材して、伝統的な木造建築の木組みで平成30年に完成した施設です。

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 玄関脇に真栢の盆栽が置かれていました。

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 渡辺酒造からも見えたのですが、ここが東西日本の境界となる大断層「糸魚川ー静岡構造線」です。駐車場から15分ほど遊歩道を歩かなければなりませんが、ところどころに西日本と東日本の生活習慣の違いを問うプレートがあります。たとえば「おむすび」と「おにぎり」。灯油を入れる容器の色なども違ってくるそうです。途中で見た「枕状溶岩」も異質学的には貴重なものらしいのですが、門外漢には値打ちがよくわかりません。写真の看板のところで土の色が茶色と青色に分かれます。

 この日はバスで移動したので、歩数は8181歩でした。

 

北陸新幹線の旅・・・①長者ヶ原遺跡@糸魚川市

  北陸方面に行こうと計画し始めたのは9月の終わりでした。とりあえず宿の予約だけは済ませて、10月の旅を楽しみましたが、帰宅してすぐ19号台風の大災害、北陸新幹線もストップしてしまいました。7編成の車両が水没している映像を見て、もうキャンセルしかないと思ったのに、10月22日になって25日から東京ー金沢間の運行再開という情報に接して、やはり行こうと決めました。

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 諸事情があり、旅は2泊3日という原則を逸脱して、11月3日から4泊5日の長旅のうえ、自分の体力をはるかに凌駕する無謀なことをやった挙句、帰宅後、天罰覿面、身から出た錆、自業自得状態で、反省しています。体調不良に見舞われ。10日たって、やっとパソコンに向かえるようになりました。

 11月3日(日)の北陸新幹線は満席でした。本来は4日に出発する予定を1日早めたのは「はくたか」が8割しか運行されなかったためですが、2泊した糸魚川市は公共交通が非常に不便で、せっかくできた半日のゆとりの時間に見学できる選択肢はごくわずかです。例によって、路線の時刻表とにらめっこして、国・史跡の長者ヶ原遺跡を選びました。ラッシュアワーを避けて乗り換えた新幹線は2時間ほどで糸魚川に着き、14時駅前発の市営バスに乗ると、8分で考古館前です。

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 考古館で長者ヶ原遺跡の概要をまとめた映像を見たのち、遺跡の出土品を拝見しました。親切な受付の方に教えていただいて、徒歩15分の遺跡に向かったのですが、熊が出そうでドキドキです。遺跡は糸魚川市の中央を流れる姫川の河口から2,5㌔遡った、標高90m前後の河岸段丘の上に広がっています。中央の集落跡は、広場を囲んで墓や掘立柱建物、250~300棟の竪穴住居が築かれていました。5000~3500年前の遺跡の出土品の中には、多くのヒスイ製品が含まれています。数年前に見学した青森県の三内丸山遺跡から出土した大きなヒスイのペンダントも、この遺跡で作られたそうです。以前の教科書的知識で、縄文時代は無階級社会で、水稲耕作が始まった弥生時代になって、富の偏在から階級社会が発生すると考えていましたが、どうもそういう単純なものではないかもしれません。墓制は格差がみとめられないとしても、ヒスイの大きなペンダントが出る住居は限られているようです。

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 「縄文の森」を抜けると、テニスコートやグラウンドなどのある美山公園に出ます。バス停で「孫の野球の試合の応援に来たけど、負けてしまった。駅まで送りましょう」と声をかけてくださった方がいて、遺跡で唯一出会った親子さんと3人で車に乗せていただきました。糸魚川市のご自慢は、ヒスイと相馬御風です。予定より早く駅前に戻れましたので、駅から5分の御風の旧宅を訪ねたら、大歓迎で迎えられ、丁寧かつ熱心なご説明を承りました。「都の西北 早稲田の森に・・・」で知られる御風は、糸魚川出身で東京に出たあと、長く糸魚川に住み、新皇后の祖父に当たる方は、旧制糸魚川中学および新制糸魚川高校の校長を務めらたころ、親交があったと誇らしげに話されました。

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 糸魚川駅から海岸に向かう道は、ヒスイロードと名づけられ、ずらっと古い岩石が並んでいます。新しいもので100万年前、いちばん古いものは7億年前までたどれるそうです。

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 しかし、まあ、この町、本当に人がいません。さび付いたシャッター通りは、誰も歩いていなくて、あまりの寂れように胸が痛くなります。新幹線の開業に合わせて建てられたという駅前のビジネスホテルに2泊し、夕食は、ヒスイロードに面したイタリアンでいただきました。

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 糸魚川地域は日本最大のヒスイの産地で、縄文時代前期から始まるヒスイ文化は世界最古のヒスイ文化です。市役所や小学校など公共の建物の屋根はヒスイ色になっています。

 

2019年11月 1日 (金)

オペラと映画

  日曜日(10月27日)に狭い道を歩いていたら、急に車が接近してきて、慌てて身をかわしたところ見事に転倒。膝を打って、あまりの痛さにしばらく動けませんでした。幸いにも誰も歩いていませんでしたし、車も走り去っていったので、醜態をさらすことがなかったのが救いです。月曜日は何も予定がなく、家でぼんやり。

 火曜日は武蔵野市民文化会館のトリエステ・ヴェrディ歌劇場来日公演「椿姫」、水曜日は吉祥寺アップリンクの「キング」のチケットを買っていました。トリエステは、3度、訪ねて、歌劇場も3度、体験しています。いろいろな思い出があふれる街のオペラは、普通の人が普通に楽しめるオペラでした。かつて藤原歌劇団が毎年この演目をとりあげていたこともあって、いちばんたくさん観たオペラです。最近は、もう十分と思っていました。よほどのことがない限り、これが最後になるでしょう。

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 座っている時間が長いと、足がもつれて情けない姿で帰りました。

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 アップリンクはネットで好きな席が選べるし、バリアフリーなので、たぶん90歳になっても行けると思います。開場して1年、行った回数は2桁になりました。若いころのヘンリー五世が、アジャンクールの戦を経て王としての力をつける姿が描かれています。前日の疲れもあってウトウトしたので、王と側近との人間関係でよくわからなかった部分がありました。ヴがェルディのオペラでおなじみのフォルスタッフが軍師のようなかたちで出てきますが、実は架空の人物とは知りませんでした。

2019年10月26日 (土)

北陸新幹線

  新発田と鶴岡に行く前から、11月は糸魚川と金沢に行こうと、ホテルの予約も済ませていました。新幹線の特急券を買いにいかなければと思っていた矢先、19号台風が各地に大きな災害をもたらし、2週間たったいまも辛い思いをしている方がたくさんおられます。

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 長野の車両基地で北陸新幹線の列車が7編成も水没している写真を見て、11月上旬に予定している旅は無理だろうと思いました。北陸新幹線以外で行けるルートもないわけではありませんが、お仕事や家族の介護など、のっぴきならない事情の方の場所をただの物見遊山で塞いではいけません。でも、未練がましくキャンセル料が発生するまではと事態の推移を見守っていました。水没した車両は3分の1を占め、廃車の予定だとか、米原回りは大混雑とか、マイナスの報道ばかり。チェックした航空機は通常の倍以上に高騰しています。さりとて、他の場所に変更する気分にもなれず、どんより・・・。

 ところが18日になって、とりあえず北陸新幹線は長野まで開通、25日からは全線開通という情報が流れました。「かがやき」は9割、「はくたか」は10割運行と聞いて、少し考えが変わります。むごい災害報道で心も萎えていましたが、行ったほうがいいかもしれないと思い直したのです。22日の14時に当面の時刻表と25日以降の特急券は24日11時から発売というJR東日本の発表があって、その時刻めがけて行きました! 緑の窓口は消費税値上げの前日を上回る長蛇の列! しかも行列は遅々として進みません。のぞいてみると、三つある窓口の真ん中で難題が起きている模様。結果的に、一人の方の対応に50分以上かかりましたので、待っている方から、端末を使えるよう、場所をかえて折衝したらという不満の声や空気読めというつぶやきも聞こえました。待つこと1時間、特急券は希望の席が難なく買えて、一件落着です。

 夕方のニュースで富山駅では4時間待ちだったと知って、1時間ぐらいでブツブツ言うのはやめました。一時は年内の復旧は不可能と言われていたのに、2週間ほどで復旧した裏で、どれだけの人が動いたことでしょう。仙台から車両を運び出す写真を見て、凄いと思ったしだいです。いっぽう、かつて利用した上田電鉄の別所線の鉄橋の崩落はお気の毒でなりません。赤字路線を社員の方々が必死で支えているのを目の当たりにしただけに、辛くなってしまいます。三陸も箱根もひどいことになっていますね。昨日もまた大雨。災害が多すぎます。

 

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