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いちばん寒かった冬

 独り暮らしの難点の一つは、家の寒さでしょうか。ついつい「もったいない」精神が頭をもたげて、我慢してしまいます。今年は冷え込みが強くて、大変な思いをしていらっしゃる寒冷地の方々に比べれば、とても恵まれていますが、朝は家じゅうが冷蔵庫のようです。

 私が体験したいちばん寒い冬は、日本が戦争に敗れた年の冬でした。当時は今より格段に寒く、外に干した洗濯物が凍ったり、屋外の水道管が破裂したり。着る物はスフ(スティープル・ファイバー)や人絹(人造絹糸)、電気は停電だらけで、石油ランプがおでましになり、燃料は薪も炭も僅かしか手に入らず、近くの里山で集めてきた枯葉を火鉢で燃やして、一瞬の暖をとったものでした。

 もちろん、食べ物は飢餓寸前でした。ときどき、食料品の放出情報が流れると、長蛇の列。たしか昭和21年の2月ごろ、昆布の佃煮が売り出されるという情報を得て、父に連れられて雪の中を何時間も並んだことがあります。その甲斐もなく、売り切れだと告げられ、幼心に情けなくて大泣きをしながら帰宅したのが、生涯でいちばん寒かった冬の日でした。

 その後、数年続いた飢えと寒さの記憶は、思い出したくないほど辛いものでした。暖房のある教室は一度たりとも遭遇していません。幸か不幸か、少しずつ暮らしが楽になって、今日よりは明日のほうがいい日がくると信じて生きてきました。たぶん、あれほど酷い生活は二度と経験しないで人生を終われそうです。

 ただ、最近の世情をみると、若い人たちの行く末が案じられてなりません。不快極まりない人物が得意満面で世界を動かそうとしているのを信じられない思いで見ています。

 気が付けば、1月も終わりそう。孫たちと楽しく過ごした年末年始のあと、春の短い旅のプランを練りに練って、宿の手配だけは済ませました。関西に二度、東北に一度、出かける予定です。

 

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