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MOA美術館

 怠け癖はとめどもなく、いまさら出てくるのもお恥ずかしい限り。1月末に風邪をひいて、2月は無為に過ごしたとはいえ、もう3月も終わりです。これ以上怠けていると、とうとう・・・と思われそうですね。この間にMETのライブビューイングで「ロメオとジュリエット」。最後に見たアムステルダムの舞台のメッセージ性の多さにまごう主演歌手の運動量の多さが際立ちました。歌舞伎は仁左衛門さんの知盛に尽きます。平氏一門でも、もともと知盛びいきで、「見るべき程の事は見つ」という最後の言葉が特に好き。いつぞやテレビから聞こえてきた朗読番組で、このセリフが打ち寄せる波のようにリフレーンされていたのを思い出しました。

 体力が低下すると、行動力も鈍ります。心に圧力が加わらないと、何事もやめるほうに傾いてしまいますので、孫たちと食事や買い物を楽しんだ帰りに、熱海を往復する特急券を買いました。3月29日はお天気も優しく、品川経由で熱海着。バスでMOA美術館に向かいます。10年ほど前に同窓会で訪ねたときは、尾形光琳がお目当てでしたが、今回は「山中常盤物語絵巻」です。

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 この作品の存在を初めて知ったのは辻惟雄著『奇想の系譜』の「憂世と浮世ー岩佐又兵衛」の記述でした。昭和3年にドイツに渡る寸前に私財をなげうって長谷川氏が購入した絵巻が昭和4年に京博、昭和5年に東京・三越で展示されたときは押すな押すなの盛況だったそうですが、リニューアルを終えたMOA美術館であまりストレスなく拝見できて喜んでいます。長いエスカレーターを何回も乗り継いでいくのは、行きはよいよい、帰りは怖いで、とりわけ下りのエスカレータが恐怖! たぶん次の機会はないでしょう。

 「山中常盤物語絵巻」は、12巻、全長150メートルの大作で、今回の展示は70メートルだけでしたが、ケースのガラスの材質や採光などに工夫が凝らされ、たいへん見やすくなっています。物語そのものは荒唐無稽。牛若丸が密かに奥州に向かったのを知った常盤御前は、お供の侍従と呼ばれる女性ともども後を追い、美濃の山中の宿で高価な小袖を狙った盗賊たちに惨殺されてしまいます。胸騒ぎを覚えた牛若丸が奥州から駆けつけて母の仇を討ち、そののち10万?!の兵を率いて上京する際、力になってくれた宿の主人夫婦に褒賞を与えるという仇討ち話が鮮やかな色彩で描かれています。岩佐又兵衛は、私が育った北摂の町で生まれ、伊丹城主となった荒木村重の遺児だそうです。先年、大河ドラマの「軍師官兵衛」で、そのいきさつが語られていましたが、信長を裏切った村重に置き去りにされた家族が皆殺しになったとき、乳母に抱かれて脱出したと言われています。

 「山中常盤絵巻」は、美術館の解説では「伝岩佐又兵衛」です。辻氏は又兵衛の作だと断じ、逆に又兵衛の自画像は彼をよく知る画家の作ではないかと述べられていますが、私には当否はわかりません。ただ、73歳で亡くなった又兵衛の像が超高齢に見えます。

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 珍しく撮影可でしたが、私の持つハードもソフトも極めてお粗末ですから、HPから2枚だけ拾わせていただきます。嗜虐的な殺しの場面は小心者ゆえ省きました。

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 脱線して山中とはどんなところか調べてみました。織田信長の伝記である『信長公記』巻八に「山中の猿御憐愍の事」という一節があり、美濃に本拠があったころの信長が京都との往復の際、美濃と近江の境の山中に山中の猿と呼ばれる頑者(障がい者)が乞食をしているのを見て、不審に思って尋ねたところ、先祖が常盤御前を殺した因果で、代々、頑者として生まれているという答が返ってきます。そののち彼らを憐れんだ信長が村人に木綿二十反を渡して、これで飢えないようにしてやれと言った、なんという情け深いお方だという信長ヨイショの逸話が残っています。山中の宿は東山道の宿場として賑わい、室町時代は陶器の産地としても知られましたが、関ケ原町の大谷吉継の陣跡の近くにいまも常盤御前の墓と伝わる史跡があるそうです。

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 2巡して目に焼き付けたのち、唐門をくぐって茶の庭を散策し、ムアスクエアで海を眺めました。なんと今年になって海を見るのは初めて。花の蕾はまだ固そうです。

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 やっと寒さも和らぎ、とても良い日でした。

 

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