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梅雨の合間の近江・美濃・・・①青蓮院&将軍塚

  2017年上半期最後の旅は、またしても近江が中心ですが、aliceさんのブログに触発されたのと、海北友松展が尾を引いて、まず京都の寺院を拝観する予定でした。私の旅のパターンは、平日主体ですが、土日祝しか運航されないバスに乗ろうと、6月17日(土)に出かけました.。これは長所と短所があります。ラッシュアワーを外しましたので、私鉄もJRも混雑に巻き込まれることなく新幹線に乗れたのは長所。ところが、京都駅前のコインロッカーにカートを預けて、市バスに乗ったら、河原町通りを中心に大渋滞。これは想定以上の短所でした。泣く泣く今日の最後の旅程の建仁寺は諦めて、青蓮院と将軍塚に絞りました。

 神宮前で下車して、平安神宮とは反対方向の粟田口にある青蓮院門跡に向かいます。粟田口は「京の七口」の中でも、東海道、東山道、北陸道の三道に通じ、江戸と京都を結ぶ交通の要衝として最も重要な出入り口でした。現在は白川小学校の門となっていて、その横に「粟田口」の石柱が残っています。

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 数分で山門の前に着きました。

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  青蓮院は門主が皇族か摂関家出身の天台宗の門跡寺院ですが、親鸞が9歳で得度したので、門前には「親鸞聖人得度聖地」と刻んだ大きな石碑が建っています。平安時代にさかのぼる由緒と格式を誇りながら、明治26年の火災で建物のほとんどを失いました。

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 拝観入口の手前右手に建つ長屋門は、明正天皇の中和門院の旧殿の門を移築したもので、明治26年の火災を免れました。

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 静かな参道でした。

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 拝観受付を済ませて、まず華頂殿を拝見。三十六歌仙の額絵と木村英輝氏が奉納した60面の襖絵が目をひきます。

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 縁側に腰かけて、相阿弥のお庭を眺めました。洋の東西を問わない、海外の観光客もいらっしゃって、ともに静かな時間を持てることを嬉しく思いました。雅な御殿のような雰囲気です。

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 渡り廊下を通ってひっそりとした宸殿に行きました。右近の橘と左近の桜が植えられています。宸殿は門跡寺院特有で、家康の孫の東福門院の御所を移築した建物は明治26年の火災で焼失したのち、復興されました。

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 小御所の近くの渡り廊下に面して、秀吉の寄進と言われる「一文字手水鉢」が置かれています。

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 四脚門も長屋門とともに明正天皇の中和門院の門を移築したもので、明治26年の火災を免れました。

 次の目的地は「青龍殿」「大舞台」「将軍塚」の三点セット。11月とGW以外は土日祝にバスが運行されています。お寺の方に「バス停はローソンの前」と教わって、待つことしばし、蹴上を過ぎるとぐんぐん坂を登ります。

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 平成26年に東山山頂に落成した将軍塚青龍殿は、国宝の青不動を安置していると聞いて、心が動いたのですが、残念ながら拝観できたのは、精巧なレプリカでした。ちゃんと時期を選んで行かないとだめですね。反省。

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 門は粟田口の青蓮院の門にそっくりです。青龍殿は、大正2年(1915年)に大正天皇即位を記念して「大日本武徳会京都支部武徳殿」として建立された木造総檜造御殿風平家建の巨大な武道場「平安道場」の維持費が嵩むことから、京都府が解体廃棄処分を決めていたところ、青蓮院の門主が文化財として保存し後世に伝えるべきと考えられ、4,年11か月を要して交渉し、移築再建が実現したものです。移築中の写真と完成予想図をお借りしました。

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 内部は撮影禁止なので、工事関係者の方のお写真です。空調機がたくさんあって、真夏は涼みにもってこいかも。いかにも武道場といった空間です。

 次は京都の町が一望できる大舞台。

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 青不動は残念でしたが、吉岡徳仁氏の「ガラスの茶室ー光庵」が拝見できました。傍らのベンチもガラスです。以下は吉岡氏のご挨拶です。

京都の将軍塚青龍殿にて開催されております「 ガラスの茶室 - 光庵 」の会期が2017年9月10日(日)までとなりました。

国内外から多くの反響をいただき、沢山の方々にご覧いただきましたことを、心より御礼を申し上げます。展示最終日まで残すところ3 ヶ月ではございますが、皆様のご来場を心よりお待ちしております。

「 ガラスの茶室 - 光庵 」は、2011 年に開催されました第54 回ヴェネツィア ビエンナーレ国際美術展 Glasstress 2011 にて、建築プロジェクトとして発表致しました。2015 年春、京都・フィレンツェの姉妹都市提携50 周年を記念し、京都の天台宗青蓮院門跡境内、将軍塚青龍殿の大舞台にて展示させていただきました。光庵は、自然と一体化することで時間を知覚化し、日本文化の根源を問う作品です。



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 清水の舞台の4,6倍の広さだそうです。

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 桓武天皇が都を定めたときに、この地に将軍の像に甲冑を着せて埋め、都の安泰を祈ったという伝説のある約20m四方の将軍塚です。白洲正子氏でなくても、これは古墳ではないかと思わざるをえませんが、調べてみると、やはり! 

 東山の山頂にある青蓮院門跡大日堂の敷地内に1~3号墳、敷地の南側の山林内に4~14号墳があり、3号墳は古くから将軍塚と呼ばれていますが、もともとは径40mの中期の大型円墳と思われるそうです。

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 展望台に続く庭園には、紅葉、桜、藤、シャクナゲ、サツキなどが植えられています。回遊式庭園に枯山水庭園を取り込んだもので、すがすがしい気分で散策しました。バス停は、みるみる長蛇の列になりましたから、早めに行って正解です。




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