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梅雨の合間の近江・美濃・・・③石山寺

  JR石山駅のバスターミナルから今度は石山寺に向かいます。行かれた方のブログに出ていた「石山団地」行のバスに乗ったら、石山寺はいっこうに現れず、終点に着いてしまいました。運転手さんに「石山寺には行かないんですか」と尋ねたら、「折り返して帰りに寄るから、ちょっと待ってて。料金はいいよ」。どうも行きと帰りで経路が違うようです。ほどなくやってきたバスで石山寺山門前に着きました。

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  東大門(重文)の前は閑散としています。

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 参道に沿って、支院が並んでいますが、いずれも拝観できません。

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  石山の名が出た奇岩は天然記念物の硅灰岩です。


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 石段を上がって、本堂(国宝)へ。

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 清水寺と同じ舞台造りです。ご本尊の如意輪観音像は33年に一度のご開帳が2016年でしたので、絶対に無理です。平成14年に御本尊の胎内から四躯の金銅造仏像が発見されました。飛鳥・白鳳・天平の可愛らしい仏像です。

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 石山寺は747年に聖武天皇の命で東大寺別当の良弁僧正により聖徳太子が持っていた如意輪観音像を祀ったのが始まりとされています。正倉院文書によると、国家事業として石山寺の造営が進められ、聖徳太子の観音像は新しい本尊「塑像・如意輪観音菩薩」に埋め込む形になりました。この如意輪観音像は5m近い丈六仏だったそうで、脇侍の金剛蔵王像と執金剛神像とともに762年に完成します。1078年に本堂が火災により焼失し、本尊と脇侍も大きく損傷しましたが、1096年に再建されたときに現存の本尊が新しく作られました。

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 本堂内の「源氏の間」。紫式部がここで源氏物語を書いたという伝承があります。

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 経蔵は校倉造り。

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 美しい姿の塔は1194年に建立された日本最古の多宝塔です。内部には快慶作の大日如来像が安置されていますが、暗くて判然としません。

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 源頼朝の供養塔だそうです。

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 梅林の中を這い上がっていきます。

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 眼下に瀬田川が見えて、汗がすっと引く感じ。

 豊浄殿に着きました。受付の方に「坂道、大変だったでしょう。ここが終点ですよ」とねぎらわれて、6月30日までの「源氏物語と手紙」展を拝見。

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  手紙は基本的にはメッセージを人に伝える方法の一つとして生み出されたものですが、その実用的な用途を越えて大きな働きをすることがあります。『源氏物語』五十四帖には271通もの手紙が登場するそうですが、この中で手紙は登場人物の心情を写し出すだけでなく、時には物語を大きく転換する役割も担っています。

 この展覧会では、『源氏物語』に登場する手紙のさまざまなありようを石山寺所蔵の画帖や屏風を通じて紹介されています。最古の仮名書状として知られる「虚空蔵菩薩念誦次第紙背消息」(重要文化財)や、「時鳥の願文」として有名な「伝法記」紙背書状(重要文化財)など、石山寺が所蔵する手紙の歴史史料として広く知られる所蔵品もあわせて展示されていて、貴重な機会を得ることができました。

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「源氏物語図色紙貼交屏風」(江戸時代)

 帰りは別の道を通って、月見亭や芭蕉庵、鐘楼、御影堂などを拝観しましたが、けっこうな道のりで、年齢制限大ありです。




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 月見亭は近江八景「石山の秋月」を眺めた場所だと言われています。明治~昭和の各天皇や皇室の方々も景観を眺められていたそうです。1156年~58年の創建で、何度も修繕が行われ、現在の建物は1687年の再建です。

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 鐘楼まで下りてきました。梵鐘は鎌倉時代後期のものとされています。

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 真言宗の開祖弘法大師と第三代座主淳祐内供の遺影を安置するお堂です。単層の檜皮葺で、内部は室町時代初期を降らない様式となっています。現在の外観は慶長期に整備されました。

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 やっと平らなところに下りて来て、バスでJR石山駅に戻り、大津のホテルにたどり着きました。昼食をいただく機会を逸した、よくあるパターンです。







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