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目白で若冲と等伯・・・①五百羅漢@椿山荘

永青文庫で長谷川等伯の障壁画32画面が公開されるというので、目白からバスに乗りました。いい機会ですから、椿山荘の前でバスを降りて、庭園内に置かれた若冲下絵の五百羅漢を拝観しましょう。今年の四月に伏見の石峰寺裏山の五百羅漢を見せていただきましたが、撮影禁止でした。そのとき20体ほどが椿山荘の庭園に移設され、こちらは撮影できると知って、いつか行ってみようと思っていました。

 椿山荘の正面玄関から入って、そのまま庭園入口に向かいます。左に行くと羅漢さまに会えますが、まず右側の三重塔まで行ってみました。椿山荘のある場所は、かつては椿の自生地で、江戸時代は下総久留里藩黒田豊前守の下屋敷がありました。山県有朋が明治11年に購入し、庭園・邸宅を造り、大正7年に藤田組の二代目・藤田平太郎男爵の所有となります。広島県の竹林寺に創建された三重塔は、大正年間に強風で、二、三層が大破した状態でしたが、藤田男爵の目に留まって、大正14年に移築されました。建築工法や細部の様式から室町時代の作と推定されています。

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 坂道を下って、羅漢さまとご対面。チャペルにほど近い庚申塔の右側の草むらに鎮座されています。

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 庚申塔は、道教の庚申信仰に思想由来する石塔で、寛文9年(1669)に造られたと伝えられ、青面金剛像が刻まれています。

 伊藤若冲が下絵を描いた五百羅漢のうち20体が大正14年にここに移された事情は定かではありません。庭園を散策する方々が関心を示さずに通り過ぎて行かれるのが、ちょっと残念でした。

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 石峰寺の鬱蒼とした林の中に釈迦の誕生から涅槃まで数多くの石仏が並んでいる様子とは、かなり雰囲気が違いますが、気前よく公開されているのは有難いお話です。山県有朋は椿山荘のほかに小田原の古稀庵や京都の無鄰菴なども所有していますから、明治の元勲はスケールが違いますね。椿山荘を出て、目白通りを目白に向かって少し歩くと、永青文庫はこちら、という表示がありました。

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

椿山荘には何度も行きましたが、羅漢さまのことは知りませんでした。いい情報をいただきました。まだ歩けるうちに出かけたいものです。

お久しぶりのブログ更新、お元気のご様子、安心しました。

亡くなった叔母が椿山荘が好きで、よく招かれたのですが、そのころは羅漢さまのことは知りませんでした。うっかりして通り過ぎるほど、チャペルの近くです。東京に長く住んでいても知らないところが多いです。

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