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秋の鎌倉・・・円覚寺「風入れ」

  昨年、山梨県東山梨市の清白寺のお堂を拝観してから、禅宗様式の建築の美しさに魅せられ、東京都東村山市の正福寺、岐阜県多治見市の永保寺を訪ねましたが、なかなか拝観できない鎌倉の円覚寺舎利殿が宝物の「風入れ」と併せて11月3日から3日間だけ間近に拝観できると知って、この日を心待ちにしていました。栃木県足利市の鑁阿寺本堂も同じ様式ですが、瓦葺なので少し雰囲気が違います。

 関西から当地に転居した当時は日帰り圏内の名所を訪ね歩き、鎌倉にも行きましたが、円覚寺は40年ぶりです。

 秋の3連休の中日ですから、さぞかし大混雑でしょうと覚悟して出かけましたが、幸いにも湘南新宿ラインは空席があり、11時ごろ北鎌倉に着きました。円覚寺は目の前です。

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 円覚寺は、禅宗に帰依していた北条時宗が中国に使者を派遣し、無学祖元を招聘して開山します。時宗は円覚寺を関東祈祷所とし、尾張国富田庄を寄進しました。

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  まずは一目散に「宝物風入れ」が行われている方丈書院に向かいます。テント内の受付はとくに並ぶこともありません。500円が必要ですが、カラー刷り21ページの「宝物目録」をいただけ、250点に及ぶ文化財を見ることができます。余談ですが、ヤフオクに「宝物目録」が1000円で出品されているのを見つけて、びっくりしました。表紙に印刷されているのは、酔翁亭図香盆です。

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  第一展示場(大方丈)では、盤、合子、法衣、絵画、書状、などがところ狭しと展示され、廊下に端然と座る若い僧たちの姿が印象的でした。北条時宗、北条貞時、北条高時、足利尊氏、足利基氏など、歴史書の中で名前を知る人物の書状を目にすると、なにか身近に感じられます。内部は撮影禁止ですので、写真はお寺のHP等からお借りしました。

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 ガラス越しではなくて、そのまま拝見できるのはありがたいです。

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 岸駒筆「開山仏光国師像」「龍虎図」

 仏光国師(無学祖元)像の左右に龍虎を配して三幅対になっています。岸駒は虎の絵を得意とする江戸時代の絵師です。ときどき見ている「なんでも鑑定団」に虎の絵を出品した人がいて、真っ赤な偽物、本物なら500万だと鑑定士が言っていましたが、これは本物でしょうね。

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 北条時宗書状(拝請状) 

 時宗が中国に禅の指導者を求めたときの依頼状です。

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 尾張国富田庄図 

 時宗が円覚寺に寄進した荘園の図ですが、こういう図面の実物はなかなか見られません。

 大書院の第二展示場には、高僧の肖像画や香炉などが展示されていました。

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 第三展示場(小書院)

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 黄梅院伽藍図 

 あとで行った黄梅院の火災復興後の応永30年(1423)の絵図です。当時の院主が復興した姿を描いて、将軍や高僧たちに披露したもので、実物は彩色がされています。

 次に舎利殿に向かいました。舎利殿は正続院という塔頭の中にあります。

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 以前来たときは、唐門越しに垣間見ただけですが、わくわくしながら門をくぐりました。

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 唐門の向かって左から入って、右から出ます。こちらもそれほど混んでいなくて、じっくり拝観できました。しかも撮影禁止は解けていて、三脚などを立てない限り問題はありません。

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 屋根の反りが美しいし、花頭窓もスッキリしています。舎利殿とは仏様の遺骨を納めたところで、三代将軍源実朝が宋の能仁寺から請来され、大慈寺(廃寺)に安置していたものを、弘安8年(1285)に北条時宗の子北條貞時が一門の守護を願って円覚寺に遷したものだそうです。最初の舎利殿は永禄6年(1563)12月の大火で消失し、現在の舎利殿は鎌倉にあった太平寺(尼寺・廃寺)を移築したものです。

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 舎利殿の右側に建つ禅堂(正法眼堂)は関東大震災で倒壊し、1930年に再建されたものです。この花頭窓のように下に向かって開いている形式は少し時代が下ります。

 大陸の建築様式である「禅宗様」は「大仏様」に少し遅れて鎌倉時代に我が国に入ってきます。以前は「唐様(からよう)」と呼ばれていましたが、唐の様式と思われるのを避けるために「禅宗様」と呼ばれるようになりました。「大仏様」も以前は「天竺様」でした。これまでに訪ねた「禅宗様」建築を再掲しましたが、すべて国宝に指定されています。

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 山梨県・清白寺

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 東京都・正福寺

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 岐阜県・永保寺

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 正続院の山門の中の建物は、専門道場として修行の場となっています。

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 頑張っていちばん高いところに建っている黄梅院を訪ねました。

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拝観料は200円でした。

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 観音堂

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 黄梅院境内

 黄梅院は成り立ちが少し複雑です。この場所には時宗の三回忌に妻の覚山尼が建てた三重の華厳塔が建っていました。

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 これは建武2年(1335)ごろに描かれたと考えられています。時宗が亡くなったのは、弘安7年(1284)ですから、少なくとも50年は建っていたはずです。ところが「風入れ」で拝見した応永30年(1423)の「黄梅院伽藍図」には華厳塔はありません。黄梅院は文和3年(1354)に華厳塔の跡地に夢窓疎石の弟子が疎石の「塔所」として開創したとされているので、この間に消えたのでしょう。「塔所」という言葉は辞書にも載っていませんが、遺骨を納めた塔のある場所という意味ではないかと思います。

 境内の観音堂の幕には足利氏の家紋が入っています。応安元年(1368)に室町幕府の二代将軍足利義詮の遺骨が分骨されたことから、足利氏の庇護を受けるようになったようです。

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 必見の場所と境内の最奥・最高の場所を極めたので、通りすぎてきた場所を訪ねながら坂道を下りました。

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 「白鹿洞」は無学祖元の法話を聴くために白鹿がかかから出てきたと言い伝えられています。

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 「仏日庵」の前のお知らせにつられてお参りしました。時宗は弘安7年(1284)4月4日に32歳で亡くなりましたので、11月4日は月命日です。100円を納めると、お線香を1本くださいました。

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 時宗は、この場所に庵を結び、禅の修行に没頭し、精神鍛錬に励みました。没したのち、このお堂の下にご遺体を安置しここを廟所(墓所)としたと伝えられています。

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 最近、「国難」という言葉をよく耳にしますが、「国難来る」と叫ばれたのは時宗の時代です。文永11年(1274)と弘安4年(1281)にモンゴル帝国の軍勢が来襲したのは、日本史上例のない出来事でした。18歳で8代目の執権に就いた時宗は強硬路線で事に臨みます。天候も幸いして、難を逃れたものの、多額の軍費を使い、3度目の来襲にも備えなければ
なりません。武士たちの恩賞への不満も渦巻き、32歳で亡くなった時宗の孫にあたる14代執権高時が享年31歳で自害して、鎌倉幕府は滅びました。

 時宗の人物評価も時代によって異なりますが、太平洋戦争に突入するころは、政治的な思惑から高い評価を受けるようになったと思います。幼心に「敵国降伏」を願い、日本は神国だから必ず神風が吹いて米英を撃滅すると信じていました。それだけに「国難」という言葉に恐怖を感じてしまいます。時宗よりも大河ドラマで片岡鶴太郎が演じた高時が虚無感を漂わせて、「ぼろぼろになり」「くたくたになり」と述懐する姿が忘れられません。

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 方丈庭園は秋の気配が漂っていました。

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 元亨3年(1323)に9代執権貞時の13回忌に合わせて建立された法堂の跡です。

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 関東大震災で倒壊し、昭和39年に再建された仏殿です。

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 白壁の美しい松嶺院まで来ると、電車の音が聞こえてきます。

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 山門は天明5年(1785)に再建されました。





   

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コメント

kikuko様に触発されて この翌日 円覚寺に行ってきたのですよ。
日曜日でしたけれど、普通の鎌倉の混み方でしたね。 アジサイの頃の混み具合からするとひょうし抜けするくらいでした。
私には宝物のほうは猫に小判でしたけれど、舎利殿は気に入りました。
黄梅院、最後の階段がすこし大変でしたでしょう。 私は今回は黄梅院にはいかず 鐘楼(洪鐘) のところにいきましたけれど、これはもっときつかったです。
 

好天に恵まれ、よい日を過ごされたことでしょう。鎌倉文化交流館のポスターを見て、展覧会にも行きたくなりました。楽に往復できるコツも会得しましたので、以前にご紹介いただいた諸寺もふくめて積極的に足を運ぼうと思っています。

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