最近のトラックバック

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ
Photo by フリー写真素材 :: Free.Stocker

« 師走の吉備路・・・①岡山市 | トップページ | 師走の吉備路・・・③総社 »

師走の吉備路・・・②吉備津神社

 2日目も晴天に恵まれました。8時10分発の総社行で15分、無人駅の吉備津に着きました。桃太郎線というローカル線には高校生がたくさん乗っていましたが、ほとんどが次の駅で降りてしまいました。線路沿いの道を300mほど行くと、この景色に出会います。ここで右折すると松並木の吉備津神社の参道です。隣の駅の近くに吉備津彦神社があって、祭神も同じなので紛らわしいのですが、文化財としての価値の高さから吉備津神社に絞りました。

Cimg0423

境内図

Cimg0426

 吉備中山の北西に位置する吉備津神社の参道の両側に県下最大の松並木が生育しています。

Cimg0427

 ここから吉備津神社の境内に入ります。

Pic_index01

  北随身門は、室町中期に再建されました。

Cimg0438

Cimg0439

Pic_honden02
 吉備津神社は岡山市にある、大吉備津彦大神を主祭神とする山陽道屈指の大社です。 豪壮で優美な「吉備津造り(比翼入母屋造)」の本殿・拝殿は国宝に指定されています。2度の火災で焼失しますが、現在の本殿・拝殿は今から約600年前の室町時代、将軍足利義満の時代に約25年の歳月をかけて応永32年(1425)に再建されました。それ以来、解体修理も行われず、雄大な姿を現代に伝えています。

 祭神の吉備津彦は、『日本書紀』によると崇神天皇が諸国平定のために派遣した四道将軍の一人となっています。北陸へ大彦命、東海へ武渟川別、西海へ吉備津彦、丹波へ丹波道主命を派遣したという記述を史実とするのは無理で、吉備津彦は、その名からしても吉備の代表的王者の可能性が濃厚です。

Cimg0441

Cimg0428

 拝殿の右側から天正7年(1679)に再建された全長360mの廻廊が地形に沿って続いています。

Cimg0430

 石段を登っていくと「えびす宮」だと思うのですが、記憶がさだかではありません。

Cimg0433_2


Cimg0434

 廻廊の中ほど右側の御竈殿は、吉備津彦に退治された「温羅」を祀っていると伝えられ、釜の鳴る音で吉凶を占う鳴釜の神事は、上田秋成の『雨月物語』でも紹介されています。「温羅」は、鬼だとも百済の王子で鉄をもたらしたとも言われていますが、桃太郎伝説ともつながる人物です。

Cimg0437

 廻廊を引き返し、急な石段を下り、北随身門を出て、お参りは終わりです。

Cimg0440

Cimg0444

 この鳥居は、昭和10年にいまの天皇が誕生されたのを記念して建てられました。

 参道を歩いていると、左に行くと栄西禅師生誕の地だという表示がありました。帰ってから調べてみると、日本における臨済宗の開祖の栄西は吉備津神社の神官の子だったそうです。来年は京都の建仁寺にも行ってみたいと思います。

« 師走の吉備路・・・①岡山市 | トップページ | 師走の吉備路・・・③総社 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 師走の吉備路・・・①岡山市 | トップページ | 師走の吉備路・・・③総社 »