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湖東の旅・・・②金剛輪寺・西明寺・一休庵

 2日目は、私としては異例の定期観光利用です。湖東三山はずっと前からパソコンの「次の旅」と名付けたフォルダーに居続けていましたが、いま行っておかないと、無理になりそうです。いずれも公共交通ではアクセスが難しく、季節運行のシャトルバスは11月25日で終わりですから、12月1日まで運行している定期観光に申し込みました。湖東三山(金剛輪寺・西明寺・百済寺)と永源寺を回るコースです。

 バスは長浜から米原を経由して、最終出発地の彦根は10:35発です。少し早めに彦根に着きましたが、どこかに入るほど時間はないので、季節限定一周20分の「ご城下巡回バス」に乗りました。子どもたちが小学生だったころ、彦根と小浜に泊まる旅をして以来の彦根の町です。

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 乗客は31名。最初に金剛輪寺に着きました。ここがいちばんハードだという噂ですが、観光バスは二天門前の急な階段の少し下まで入れます。ただし、この場所は駐車禁止ですから、帰りは総門の前まで長い長い石段を下りなければなりません。

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 金剛輪寺は奈良時代中期の天平13年(741)、聖武天皇の勅願により、行基が開いたと伝えられますが、確実ではありません。平安時代に天台宗の開祖の最澄の弟子、慈覚大師円仁が天台宗の寺院として金剛輪寺を再興します。その後は比叡山の影響下で大々的に発展し、中世には100を超える僧坊が境内に建ち並ぶ大寺院になりました。しかし、元亀2年(1571)、比叡山が織田信長によって焼き払われると、比叡山の傘下であった湖東三山も、その標的とされ、天正元年(1573)に兵火によって炎上してしまいます。

 幸いにも、境内のいちばん奥に位置する本堂大悲閣、三重塔、二天門は、焼失を免れました。これは僧侶が「既に全山焼失」と虚偽の報告をしたため、それ以上の放火がなされなかったためだそうです。本堂大悲閣は、鎌倉時代の和様建築の代表として国宝に指定されています。

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 本堂で住職様の有難いお話を拝聴。罰当たりにも、途中で抜け出して、混まないうちに内陣の御仏を拝ませていただきました。本尊の聖観音菩薩(天平期)は秘仏で、住職が一代に一度だけ開帳できるそうですが、現住職はまだお若いので、30年ぐらい先というお話でした。9体の重文のお像のうち、日本最古の大黒天は、11月9日から12月9日までの特別公開です。

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  日本最古の大黒天半跏像(弘仁期)。

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 木造十一面観音立像(平安中期)

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  三重塔は古文書に寛元4年(1246)4月9日の記事があり、国宝の本堂より40年余り先に建立されたことがわかります。江戸時代末期には荒廃して三重目が欠損し、初重と二重目を残すだけという状態でしたが、昭和49年(1974)に復元されました。

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 二天門は本堂より遅れて、室町時代の中ごろに建立されました。八脚門ともいわれるように当初は楼門でしたが、江戸時代中期に二層部分を取り壊され、創建当時の姿ではありません。

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 本堂から山門まで長い石段が続き、参道の両側の千体地蔵には真っ赤な風車が供えられています。 

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 参道の途中に金剛輪寺本坊・明寿院が建っています。かつては学頭所として使われた建物で、1977年には火災で書院、玄関、庫裏を失いました。現在の建物はその後に再建されたものです。正徳元年(1711)に建てられた護摩堂と、安政年間(1854-1860)建造の茶室「水雲閣」は焼失を免れ、現在まで残っています。

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 明寿院の南・東・北の三方を囲むように、大きくて立派な「明寿院庭園」が配されています。桃山、江戸初期、江戸中期と違う時代に作庭された、三庭からなる池泉回遊・鑑賞式庭園です。三庭のなかでいちばん古い桃山時代の庭は「石楠花の庭」とも呼ばれ、春になるとカキツバタや滋賀県の花にも指定されているシャクナゲが鮮やかに咲くそうです。

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 博物館は時間がなくて、残念でした。それなのに集合時間に20分も遅れてきた人がいたのは、ツアーの辛いところです。

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 山門(黒門)前に集合して、次は西明寺に向かいます。

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 天然記念物の不断桜が4本あります。

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 天平年間に開創され、17の諸堂、300の僧坊があったそうですが、織田信長の焼き討ちに遭います。西明寺も本堂(国宝)、三重塔(国宝)、二天門(重文)は難を逃れ、現存しています。僧坊跡の石垣は、まるで城郭のようです。

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 中門から名勝庭園(蓬莱庭)を通って、本堂に向かいます。

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 本堂は鎌倉時代の初期に飛騨の匠が建立した純和様建築で、釘を使用していません。西明寺も本尊の薬師如来は秘仏です。

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 事前調査で三重塔の内部が11月8日から30日まで拝観できると知って、ご住職のお話はパスして、駆け込みました。雨天非公開ですが、幸い天気予報は外れて雨は降っていません。所持品をすべて預けて丁寧な解説つきで拝観したのは私一人でした。

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 内部は撮影禁止ですから、写真はHPからお借りしました。中央に本尊の大日如来を安置し、周りを四天柱が囲みます。各柱には8尊の菩薩が描かれています。天井は折上小組格天井で、折上と小組の裏板を花文で飾っています。須弥壇と床板を除く全面に、菩薩像、仏具、花鳥文、法華経変相図が極彩色で描かれていますが、これらの絵画は巨勢一派が純度の高い岩絵の具で描いたものです。

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 気が付くと集合時間が迫っています。急ぎ足で坂道を下りましたが、またしても10分以上遅れてきた人がいて、それならもっと見ていたかったと・・・。

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 昼食は門前の一休庵で「近江路御膳」を美味しくいただきました。

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コメント

20年ほど前京都から観光バスで湖東三山を回りました。びわ湖ホールがオープンしたときで、ボローニャ歌劇場の公演があり、それに合わせての見学でした。帰りは大津で降りた記憶があります。参道が山道でかなり登ったこと、金剛輪寺の仏像がレプリカでボストン美術館に流出していたことくらいしか思い出せません。それにしても良く登られましたね~!!私は当時50代だったのに、もう湖東三山は来たくないと思ったほどで、お恥ずかしい限りです。

どのお寺も、よくもこんなところに建てたとあきれるような場所に建っているので、皆さんにご迷惑をかけないですんで、ほっとしています。時間をかければどこでも行けますが、、ツアーは時間が限られているので辛いですね。
 ボローニャ歌劇場、久しぶりに来日するようですね。会場がオーチャードなので、迷っています。前回、テノールが全滅だったのが、まだ心のなかでくすぶっています。

金剛輪寺の秘仏木造聖観音立像の開帳は、住職一代一度と聞かされたのですが、最近では2000年、2006年、2014年と開帳されたようです。でも、もうあの道はご免です。入口付近に建つ愛荘町立歴史文化博物館に流失した聖観音坐像のレプリカがあったのですね。集合時間が迫っていて、駆け足でしたので、梵鐘しか目に入りませんでした。

私が行ったときはまだ博物館はできてなくて、境内にレプリカが置かれていて、立て札に本物はボストンにあると書かれていました。その後10年以上もたってからボストン美術館を訪れる機会があり、仏像館を見学したのですが・・・見つけることはできませんでした。
現在はコレクションの検索で写真を観ることができます。

https://www.mfa.org/collections/object/shô-kannon-the-bodhisattva-of-compassion-11288

ありがとうございます。見せていただきました。光背や台座も含めて、とても美しいですね。

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