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望外の喜び

 2年前の今頃は入院中でした。「椎間板ヘルニアを伴う脊柱管狭窄症」の手術は完璧だったのですが、退院後、深部感染症を発症して、再入院。抗生物質の点滴のみという退屈な日々を過ごし、点滴の合間を縫って、自宅に帰って保存食の調理をしたり・・・。いいクリニックでしたが、食事のまずさは天下一品の折り紙を差し上げます。

 再退院後は順調に経過し、受診の間隔も術後1年目からは1年になりました。昨年の受診後、生きているかしらと思いながら、27年11月14日の10時に予約を入れ、先週、その日がめぐってきました。MRIの順番を待って1時間。あとはすいすいと運んで、執刀医はにこやかに、迎えてくださいます。実は、昨年の受診時、椎間板ヘルニアが再発しているが、吸収する場合も多いので、様子を見ましょうと言われて、少し心配だったのです。先生は2枚の画像を並べて、1年前より状態はずっといいと言われました。やったー! プールでひたすら水中歩行に励んだおかげでしょうか。

 この1年、夫の急死という思いもかけぬ出来事があって、精神的にも体力的にも厳しかったのですが、自分の体に自然治癒力があったとは嬉しい限りです。昨日も北の湖理事長が急逝されて衝撃が走りましたが、前日まで相撲を観戦されていたとか。癌という病気は、人によっては亡くなる直前まで元気な場合もあることを身をもって知って、本人は死の恐怖も、さしたる苦痛も味わうことなく、旅立てて幸せだったのではないかと思うことにいたしました。そのかわり、本来なら聞いておくべきことも聞けず、後始末はたいへんだったのですが、なんとか切り抜けつつあって、ほっとしています。

 最近、読んだ『エトルリアの微笑み』という小説も、癌にかかって、故郷のカラブリアの山村から息子に呼び寄せられてミラノに住むことになった男性の最後の数か月を描いていました。ミラノに向かう途中で立ち寄ったヴィラジュリア博物館で、男性が座り込んでずっと見続けた棺の上の若い夫婦像と同じ微笑みを浮かべて、この世でいちばん愛した存在のそばで息絶えます。

 会計を終えて、来年の予約をと思いましたら、「先生から次の受診の指示は出ていない。異状があったら、電話で予約して来てください」。さては無罪放免。スキップしたい気分で、帰ってきました。2年前は開院後まだ日が浅く、簡単に予約ができたクリニックでしたが、いまは大繁盛のようです。いろいろな予約がストレスを呼びますから、極力、そういう事態は避けたいので、一つ減って、嬉しくてしかたがありません。

腰部脊柱管狭窄症術後半年

 術後半年の検診に行ってきました。大腿部の痛み・痺れがとれないので、恐る恐るレントゲンの結果を待ったのですが、異常なし。では、この症状はなんなのかと伺うと、脳が痛みの記憶を留めているのかもしれないというお答えです。あまりすっきりしないけど、再発とか言われるよりも遥かにいいと思います。

 60歳を迎えるころから、足腰の痛みに悩んできましたから、年期は入っています。三度の手術を経て、とにもかくにも歩けているだけでもましと、多くを望まないことにしました。高齢者と呼ばれるようになって、身体の何処にも痛みや不快感がないという方がいらっしゃったら、とても幸せな方です。高齢者でなくても、MIXIの椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症のコミュニティのコメントを読むと、子育て中の方、お仕事をされている方の悲痛な叫びに心が痛みます。トピックの題が「痛さを叫ぼう」とか「いま、痛い!」ですから・・・。間断なき身体的苦痛と将来への不安から鬱病にかかる場合も何割かに上るそうです。

 道を歩けば、シルバーカートを押したり、杖にすがったり、見ていて辛くなることばかり。テレビのコマーシャルで、「あなたの痛みは神経障害性疼痛かもしれません。お医者さんに相談しよう」と叫んでいるので、相談してみました。リリカカプセルという薬剤が正体だそうです。そのお薬なら、術前に二か月ほど試して、全く効きませんでした。副作用もきつくて、ふらつき・強い眠気で転倒の恐れがあるので、必ず就寝寸前に服用するようにと薬剤師さんに言われましたが、もう一つの副作用の「太る」がしっかりきました。

 5月10日の朝刊にある全面広告が出ました。、国立大整形外科教授が「つらい慢性の痛みは我慢せず適切に治療しましょう」とにこやかに語っています。広告主の一つ、ファイザー社が前述のリリカカプセルを販売している会社で、テレビCMと併せて大々的にキャンペーンを張っています。もちろんCMにも新聞広告にも薬剤の名前は全く出てきませんが・・・。効いたという方もおられるでしょうから、やめろという気は毛頭ありませんが、長期にわたって服用する薬ですから、慎重でありたいものです。記事によると、運動器の慢性的な痛みに悩む国民は2700万人だそうで、ある意味ではたいへん大きな市場です。

 介護ヘルパーさんをしている方に「あれはリリカカプセルのCMですって」と話したら、利用者さんがあのCMを見て、「お薬なら欲しい! 欲しい」と言われるそうです。私の周りには藁にもすがる気持ちでSTAP細胞を救世主のようにあがめ、いまだに信じている高齢者が少なからずいらっしゃいます。お薬も万能細胞も空しい期待感になってしまうと、辛いですね。私は最初のテレビ報道で話しているOさんの語尾がほとんど(笑)だったのと「泣き明かした夜も数知れず」的な語り口に違和感を覚えてしまいました。

 次の診察はは半年後、そのあとは1年置きでいいそうです。異常がないのに、ヨボヨボ歩きは納得できないのですが・・・。

 体調不良を口実に全く手入れをしていなかった狭い庭の花たちは次々と健気に咲いてくれました。偉い! 凄い! と褒め称えています。

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再退院から10日

11月29日に退院してから10日たちました。1日に1回、ガーゼを交換しろと言われて、30日に絆創膏をはがすと、12枚重ねのガーゼのいちばん外側まで染みがついています。入院中は交換したガーゼを見る機会はなかったので、ぎょっとしましたが、毎日、少しずつ滲出液が減って、9日目の昨日は、ガーゼが真っ白なまま。背中の痛みも薄らいで、やっとバイキンは退却したようです。通院も1週間後でよくなって、次回は12日です。入浴の許可が出るのが待ち遠しい日々を過ごしています。

 12月1日に孫が訪ねてくれたので、最近、開店したガリシア料理のお店でランチをいただきました。40年も住んでいるうちに寂れ度が進行するわが町にとって久々の明るいニュース。ぜひとも長続きしてほしいものです。我が家から数分のところに三鷹バルというスペインバルがありますが、8人も入ればギュウギュウ詰めの立ち飲みバルなので、足腰が壊れてくると辛くて一度しか行っていません。今度できたお店は広々していて、1階は立ち飲みスペース、2階はレストランです。外はカリカリ、中はもちもちのパンは1階にシェフが自ら築いた窯で焼いています。郵便局に接した黄色い建物がガリシアレストランのア・エスピリトロンパです。

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 ランチはコース料理のみで、アペリティーボ、ガリシアパン、一皿目、二皿目ですが、どれも幸せなお味でした。あまりに嬉しくて、写真を撮るのをすっかり忘れたので、次回にしっかり撮ってきます。

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 12月2日は吉祥寺のフレンチ、芙蓉亭。一回目の退院のあと、友人がお祝いの宴の予約をしてくれたのですが、思いもよらず再入院となったとき、副院長に、どんなことがあっても12月2日までに帰りたいと懇願し、友人には這ってでも行くからと宣言していました。辛うじてセーフ、歩いていくことができて、幸せです。吉祥寺では有名なお店なのに、なぜかご縁がなくて、40年以上も近くに住みながら初めてでした。ここも外観を写しただけで、現地集合の友人の顔を見たとたんにおしゃべりに夢中になって、写真を撮るのを忘れました。窓の外は井の頭公園の緑が広がる、いい雰囲気のお店です。

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 その後は通院や雑用に追われ、今日は久々にのんびりした日曜日の午後を過ごしています。膿が出ている間は創部の痛みもありましたし、身体もだるく、不安もつきまといましたが、いまは晴れ晴れとした気分です。左足の人工関節置換手術のときに発症した腓骨神経麻痺は残ったものの、歩行に伴う苦痛は皆無となりました。ありがたいことだと感謝しています。

 もう一つ、高3の孫の進路が決まったことも大きな喜び。何十年も前に受験したころは学科試験のみで、経済的に私学は無理でしたから、かなり切羽詰ったものがありました。二人の子どもは仲良く一浪してくれましたが、いまは受験制度が変わって、指定校推薦などというものがあるんですね。本人はかなり迷ったうえでの選択だったようですが、早々と決まって、いいお正月が迎えられます。

脊椎外科医の戦場

http://spine.drshujisato.com/blog-entry-110.html

 

 日本中で腰痛に悩む人が2800万人だという新聞記事を見たことがあります。股関節の手術を受けて、苦痛なく歩けるようになって喜んでいましたが、昨年の5月ごろから別種の歩行に関する悩みが生じました。いろいろ悩んだ末、手術に踏み切り、大成功です。感染症になったのは、だれにも防ぎようのないことだったと思っています。

再入院したおり、で執刀してくださった清水脊椎クリニックの副院長とお話しする機会を得て、疑問点を伺ってみました。それは保存療法か手術療法かという問題です。診断してくださった院長は決して「手術しろ」とは言われません。あくまでも決めるのは患者自身に委ねられます。ただ、そう言われても素人ですから、悩んでしまいます。結果的に痛感したのはタイミングの問題です。副院長は、「昔は歳のせいと諦めていたが、いまの高齢者はそれでは我慢できない。もっとクオリティの高い生活を望まれる。ただ、あまり迷いすぎて時期を逸してしまうと、手術しても効果がでない場合がある」と言われました。確かにいまは死語になった「いざり」と呼ばれる方が昔はいらっしゃいました。差別用語だから使ってはいけないのかもしれませんが・・・。

 いろいろ検索していて、冒頭に挙げたブログを発見しましたが、年間400例、累計4000例の実績のある外科医が激務の合間を縫って、いろいろな疑問に答えていらっしゃいます。リンクしたページは手術の時期についてです。相談室ももうけられて丁寧な回答をされていますし、左下を手繰っていくとカテゴリの欄に、さまざまな知見を書きこんでおられますので、悩みのある方はご参考になるのではないでしょうか。その先は、いかにして診断力と技術力のある医師と出会うか、なんですよね。

深部感染・・・3


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 このクリニックの最大の問題はお食事だと手術で入院したときも申しましたが、前回は5泊6日で、手術の日は絶食、入院日と退院日は1食だけでしたから、まだなんとかなりました。今回はそうはいきません。「まごころ弁当」とはよく言ったものです。写真にするとわかりませんが、副食のお膳はプラスティック製で、和食器風に柄を施した六つのくぼみにお料理が入っています。人さまが作ってくださったものに苦情を言うのははしたないとは知りつつ、どうしたらこんなに不味いものができるのか不思議でした。何もかも火が通りすぎてグチャグチャですし、出汁抜き、ヘルシーすぎる超薄味、たまに出るお魚は信じられないほどばさばさ。3食とも付いてくるお味噌汁は、ぬるくてとてもいただけません。米飯は量は半分でいいから、もう少し質のいいお米を使ってくださったらとため息がでます。

 もうお膳を見ただけで気力がなくなってきたころ、ある看護師さんが「お食事が口に合わなかったら、キャンセルしてもいいんですよ」と教えてくださって、即キャンセル。幸い近くにお食事処やスーパー、コンビニがたくさんあります。家からT-falのケトルと小さなざるを持ち込んで、朝はインスタントながらコーヒーを淹れ、手づくりパンのお店に日参し、サラダを作って一息つきました。お昼は外食、夕食はスーパー等で調達です。3日おきぐらいに外出許可をもらって、自宅で昼食をつくり、急いで調理したお惣菜を運んだり。

 同じ時期に入院している方と情報を交換して、なんとかしのぎましたが、まあ、この世のものとは思えないお味の給食でした。

 

 調布は近くでありながら全くご縁がなかったので、買い物とお散歩で気を紛らわし、副院長を拝み倒して、やっと12日で退院の許可が出て、小躍りして帰宅しました。3週間たっても退院の目途がつかない方もいらっしゃいましたから、この程度で済んで、まだ運のいいほうかもしれません。ほとんどの方がチタンのボルトを入れています。中にはこれで3度目の手術だという男性もおられました。

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 退院する日、支払のため銀行に行き、帰りに近くの布田天神に寄って、中3と高3の孫の合格を祈願してきました。信心深くないので、ご利益のほどはわかりませんが、悪運を断ち切るからストーカーよけにもなるそうです。

深部感染・・・2

 医師は細菌に感染しているというだけで、詳しいことはおっしゃいません。見せていただいたMRIの画像は脊柱管に接して白いものが大きく写っていました。それが膿の塊だそうです。すぐに患部を指で圧迫して絞りだしていただきましたが、2週間近く経ったいまも膿は排出され続けています。

 次の日になって、患部の洗浄をしたのち、ドレーンが挿入され、吸水パッド(先生曰くおむつ)を背負わされて暮らすことになりました。かなりの荒療治で、洗浄はハリネズミが背中で踊っているよう。いきなり排膿のためのドレーンが入ったときは息が詰まりそうでした。副院長は「これ以上、痛いことはしません」と言われたのに、数日後、院長が現れて、2度目の洗浄。うわーん、嘘つき! 

 まあ、痛いのは我慢の範囲ですが、手術のときは5泊と言われ、そのとおりに退院したのに、今回は3日、1週間とずるずる日が過ぎます。先行き不透明というのは、落ち着かないものです。一日に3回の抗生剤の点滴と回診以外は何もすることがありません。21時消灯、6時起床は普段の生活時間とは全く違いますから、睡眠障害に悩まされました。火曜日に緊急入院し、まだ長引きそうなので、土曜日に一時帰宅の許可を得て、パソコンとオペラの映像を持ち込むまでは時間を持て余す日々でした。朝食後すぐクリニックを出て、10時に帰宅、12時半まで保存食の調理、冷蔵庫の整理等でてんてこ舞いをして、午後の点滴のために戻らなければなりません。

 このクリニックは19床で、男性は6人定員の大部屋がありますが、女性は2人部屋が2室、あとは差額ベッド料の付く個室です。個室しか空いていないと言われ、結局、12日間の引きこもり生活が続きました。個室はバスタブ付きですが、もちろん入浴はできません。年内は無理だそうです。

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 奥が手術室、右側に病室が並んでいます。

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 左側に飲み物の自販機があり、新聞が置いてあります。

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 1泊21,000円のお部屋。小さな冷蔵庫があります。

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 クリニックが入っている建物は3階以上がマンションになっているため、自力で歩行できる人はこの階段を使わなければなりません。

 最初は何が起こったのかわかりませんでしたが、深部感染はどんな名医でも起こり得ます。帰宅後、調べてみると、以下のような定義が書かれていました。インプラントが入った場合は1年以内というから驚きます。私の場合はインプラントは入っていませんから、30日は警戒すべきだったのです。

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感染はインプラントを留置しない場合は手術後30日以内に、留置した場合は1年以内に起こり、その感染は手術によるものと考えられ、かつ感染は切開部深層の軟部組織(筋膜及び筋層など)に及び、かつ下記の少なくとも1項に該当するもの:

1.切開部の深層からであり、手術部位の臓器/腔からではない排膿

2.切開部の深層は自然な創の離開または外科医が慎重に切開したもので、患者に発熱(38)、局所の疼痛、圧痛の徴候や症状の少なくとも1つがあって、部位の培養が陰性でない場合

3.切開部深層の関係する膿瘍その他の感染の証拠が、直接的な検査、再手術の際組織病理学的または放射線医学的な検査で見出せる。

4.外科医または介助の医師による切開部深層のSSIであるとの診断

深部感染・・・1

 11月9日に抜鉤して、12日に許可を得て入浴。肩までお湯に浸かり、ジェットバスの心地よさを満喫していました。ところが、14日の夜になって、身体のあちこちが激しく痛み、ろくろく寝られません。この段階で受診したらよかったのに、15日になってロキソニンを服用して痛みが治まってきたので、一過性の痛みだろうと思ったのが大失敗。翌朝になると、両方の掌が真っ赤で、指には発疹が出ましたが、16日はクリニックはお休みです。常用のお薬をいただきにかかりつけの内科の先生のところに行って、かくかくしかじかと訴えたところ、薬疹と軽い風邪という診断で抗ヒスタミン剤とロキソニンとは構造の違う痛み止めが出ました。創部も診てくださって、きれいだ、貼っていた絆創膏も必要ないとおっしゃいます。日曜、月曜とさらに様子をみていたら、19日(火)になって、創部から液体が滴ってくるではありませんか! 

 さすがにうろたえてクリニックに電話すると、先生は手術中だそうです。クリニックは、午前は手術、14時から外来の診察が始まります。お昼頃電話がかかってきて、すぐ受診するようにと言われ、バスを乗り継いでたどり着くと、まずMRIとレントゲン、そして血液検査となにやら慌ただしい雰囲気。名前を呼ばれて、診察室に入ったときの副院長の表情が忘れられません。「黴菌に感染している、このまま入院してください」。そんなーっ。洗濯物は干したままだし、着替えもなにもありません。抗生剤の点滴を受けて、いったん帰宅して、20時までにクリニックに戻ってこいというお達しにうろたえながら、慌ただしい時間が始まりました。

  帰宅して、荷物をまとめ、電話を何本もかかけ、家を空けるためにクリアしなければならないことを片づけて、クリニックに駆け込み、再度の入院生活が始まりました。

再入院

 顛末はゆっくり書きますが、19日に予期せぬ再入院の運びとなり、今日(29日)帰宅しました。術前の説明書の「予測される合併症と危険性」の項に明記されている感染症の中の深部感染を起こしたようですが、一般的な頻度は1%だそうですから、なんとまあ運の悪いこと! 「抗生剤耐性菌に感染すると治療が困難で敗血症、肺炎で死亡することがあります」と書いてありましたが、まだ生きているだけでもよかったと思うことにします。いやはや疲れました。同意書に署名・捺印していますから、苦情は言えません。

退院して一週間

 11月3日に退院して一週間たちました。院長の診察を受けて11時ごろ退院と言われましたが、早々と荷造りと着替えをすまし、休憩コーナーで新聞を読んでいたら、私より1日早く手術をされた浅草の方と出会いました。まだ40代のその方は椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、すべり症のトリプルパンチで、手術も2時間半かかったとか。このクリニックにたどりつく経緯もよく似ていて、笑ってしまいました。もう一人の同年輩の方は、外出許可をとって、お昼は美味しいものをいただいてくるわ、と出て行かれました。

 11時に院長が私服で来られ、創部の消毒がすむと退院です。5泊6日で腰や腿の不快な痛みは消えました。術後1週間以降、事務作業は可能、一か月以降、軽作業は可能、二か月以降、肉体労働も可能という運動許可出ましたので、なんとか年末の大掃除はできそうです。

 

 連休明けの5日9時に電話して、6日の予約をとり、日曜日のため済ませていなかった会計、消毒、コルセットの型とりが終了。吉祥寺までバスに乗り、駅ビルで食材を調達しました。駅の改良工事もかなり進み、アクセスも便利になっています。いつのまにかイータリーが入っていました。品揃えは物足りませんが、イタリアの製品が買えて気分高揚です。

 

 9日に通院で抜糸。退院の日に出会った40代の方にバッタリ会いました。明日、退院だそうで、よかった、よかった。やはりバスのほうが楽なので、乗り継いで帰りました。途中で深大寺のそばを通りますから、次回は寄ってみましょう。入院から10日たって、悩んでいないで手術を受けて本当によかったと思っています。ネットで検索すると、不満足な結果に終わったという情報も少なくありません。いまは顕微鏡下の手術が主流ですが、医師の力量が大きくかかわってきます。清水脊椎クリニックがマスコミで喧伝されでもしたら、こんなにすいすいと事は運ばないでしょう。前身の西島脊椎クリニックで治療を受けた杉良太郎氏が「医者選びも寿命のうち」と言われたそうですが、全くそのとおりです。

http://www.sekitsui.jp/

椎間板摘出・・・4

 入院3日目

  清水院長は、手術当日の夕方にはベッドに腰掛けられますよ」とおっしゃったのですが、それは無理! 絶対に無理! ひたすら朝のくるのを待って、耐えるだけ。このときは選択肢を誤ったかな、と思ったものです。

 6時に夜勤の看護師さんが検温等で来て、「痛み止めの点滴しますか」と聞いてくださったので、「少しでも楽をしたい」と懇願しました。7時ごろ管が1本抜けて、回復室から歩いて部屋に戻りましたが、身体の起こし方すら忘れています。肘を使って、上体を起こし、ベッドに座り、サークルを使って前進するまで、けっこう時間がかかりました。創部から悪い血を抜くドレーンと掌につけられた点滴のルートが煩わしく、音楽や読書で気をまぎらわし、だらだらと一日を過ごしました。昨夜、一睡もできなかったので、うつらうつら。痛みはだんだん治まってきたものの、最初から3日間は痛いと言われているから我慢するしかありません。

  先日、九州の整形外科で火災による惨事がありましたが、手術当夜に火災が起きたら、自力で避難するのは無理だと思いました。このクリニックは廊下も広く、患者も少ないので、手術当日でなければ大丈夫でしょう。前回の病院は狭い廊下にストレッチャーや点滴台等が雑然と置かれていました。入院中に消防の査察があって、上を下への大騒ぎ。隠し場所のない物は浴室に運び、入浴中の札をかけてごまかしていましたから、その場しのぎの感じです。 今回お世話になったクリニックは整然としていて、心地よく過ごせました。

 入院4日目

 痛みも治まってきました。午後、血を抜くドーレーンが外れました。身軽になって、飲み物の自販機や新聞が置いてあるコーナーで新聞を読んでいたら、25日に手術をしたという方と知り合いになりました。青梅から来られた同年輩の方です。脊柱管狭窄症だそうで、経験交流。牽引や整体など無駄なことに時間を費やしたわねと意気投合しました。私の場合は牽引は勧められませんでしたが、かえって害があるとか。

 誤算だったのは使えると聞いてノートパソコンを持ち込んできたのに、無線LANが入っていなくてインターネットに接続できなかったこと。友人たちにメールするからね、と言っていたのに、音信不通で心配しているかもと気がかりでした。点滴が一日に2回になり、その都度、針を刺してもらえることになって、洗濯をしたり、髪や足を洗ったり、だいぶ人間らしくなりました。

 入院5日目 

 院長先生が回診に来られて、明日、退院できることになりました。嬉しい! 散歩は大いにやれとのお達しですから、着替えて、近場をぶらぶらしました。激痛は1晩だけの辛抱ですから、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症で悩んでいらっしゃる方は名医を探して治療していただかれるといいと思います。

 せっかく持ってきたパソコンはDVD鑑賞に活用しました。2種類の「アリオダンテ」が今回の大きな慰めです。アリアを聴いていると、ジュネーヴに「アリオダンテ」を観にいったとき、車中から眺めたマッジョレー湖の晩秋の水面が蘇ってきます。思えば、好きなことを存分に楽しんだ幸せな人生でした。斜め読みに終わっていた長男の近著も読むことができ、いい時間だったかもしれません。

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