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姉と友と

ナガミヒナゲシ

 路傍でオレンジ色の草花を見かけたのは、かなり前です。可憐な姿に惹かれ、我が家の庭にもきてほしいと思ったこともありました。ところが、この花は移植に弱いようで、いつも枯れてしまいます。今年、とうとう風に乗って、やってきました。喜んでいたら、ニュースで、この花は外来植物で繁殖力が旺盛なので、実をつける前に取り除いたほうがいいと知って、ちょっとガッカリです。

 名前もわかりました。ナガミヒナゲシです。

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  1961年に世田谷区で見つかって、2010年には青森県と沖縄県以外の都道府県で確認されているそうですから、いまは全国に分布しているかもしれません。

 スペインを鉄道で旅していると、線路沿いにアマポーラが群生していて、旅情をかきたてられたものでした。

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 ナガミヒナゲシのほうが少し色が淡いのですが、そっくりですよね。当地に越してきたころは、庭にムサシノスミレが自生していました。しばらくして、中央線の線路沿いによく見かけたムラサキダイコンがやってきて、いま路地で花盛りです。どなたかが中央線の線路わきにナノハナとムラサキダイコンの種をまかれたのが始まりと聞いたことがありますが、こちらは在来種だから、御咎めなしなのでしょうか。

 10年ほど前に関西の姉の家からいただいてきたナルコユリもいま涼し気な佇まいで、あでやかなツツジとともに食卓を飾っています。もう少したつと、いっしょにやってきたハンゲショウも姿を現すかなと心待ちにしています。ハンゲショウは絶滅危惧種になりかかっているそうですから、大事にしなければ。姉は一人住まいになってから、広い家をもてあまして、姪の家から3分の場所に移って、植物たちともお別れしたと言っていました。

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いちばん寒かった冬

 独り暮らしの難点の一つは、家の寒さでしょうか。ついつい「もったいない」精神が頭をもたげて、我慢してしまいます。今年は冷え込みが強くて、大変な思いをしていらっしゃる寒冷地の方々に比べれば、とても恵まれていますが、朝は家じゅうが冷蔵庫のようです。

 私が体験したいちばん寒い冬は、日本が戦争に敗れた年の冬でした。当時は今より格段に寒く、外に干した洗濯物が凍ったり、屋外の水道管が破裂したり。着る物はスフ(スティープル・ファイバー)や人絹(人造絹糸)、電気は停電だらけで、石油ランプがおでましになり、燃料は薪も炭も僅かしか手に入らず、近くの里山で集めてきた枯葉を火鉢で燃やして、一瞬の暖をとったものでした。

 もちろん、食べ物は飢餓寸前でした。ときどき、食料品の放出情報が流れると、長蛇の列。たしか昭和21年の2月ごろ、昆布の佃煮が売り出されるという情報を得て、父に連れられて雪の中を何時間も並んだことがあります。その甲斐もなく、売り切れだと告げられ、幼心に情けなくて大泣きをしながら帰宅したのが、生涯でいちばん寒かった冬の日でした。

 その後、数年続いた飢えと寒さの記憶は、思い出したくないほど辛いものでした。暖房のある教室は一度たりとも遭遇していません。幸か不幸か、少しずつ暮らしが楽になって、今日よりは明日のほうがいい日がくると信じて生きてきました。たぶん、あれほど酷い生活は二度と経験しないで人生を終われそうです。

 ただ、最近の世情をみると、若い人たちの行く末が案じられてなりません。不快極まりない人物が得意満面で世界を動かそうとしているのを信じられない思いで見ています。

 気が付けば、1月も終わりそう。孫たちと楽しく過ごした年末年始のあと、春の短い旅のプランを練りに練って、宿の手配だけは済ませました。関西に二度、東北に一度、出かける予定です。

 

今年の読み納め

 幼いころは、親の目を盗んで本を読み漁ったものですが、めっきり読書量が減りました。一つは視力の衰え、もう一つは絶好の読書タイムに充てていたプールの往復で利用するバスに酔うようになってしまったことが大きな要因です。要するに老化の現れなのでしょう。

 一人暮らしのいいとろろは、夜中にテレビをつけても叱られないこと。眠れなくて、たまたまつけたテレビに佐藤愛子さんが出演されていて、最近、『90歳。何がめでたい』という本を出版されたことや、高齢者の先達として仰ぎたくなるようないくつかのお言葉を聴きました。これまで全く関心がなかった作家さんですが、読んでみようと図書館に予約を入れたら、なんと99番目。しかたがないので、最新作にして、最後の小説とご本人がおっしゃる『晩鐘』を借りてきました。

 31歳のときに結婚し、15年たって騙し討ちのように離婚した男性が亡くなったという知らせを受けたところから始まって、なんとも理解不能な物語が展開し、ただただ驚いてしまいました。作中では麦彦と呼ばれる男性は、田園調布の広壮な邸宅で育ちますが、幼いころに罹った小児麻痺で片足を引きずっています。その生い立ちが人格形成に影響を及ばしたのかどうか、私には判断できません。同じような境遇の人が、同じことをするとは思えないからです。

 すでに他の作品で語られているように、麦彦は事業に失敗して、多額の負債を負い、作中では杉と名乗る作者自身を始め周囲の人にたいへんな迷惑をかけながら、悪びれることなく80歳まで生きました。凡人の私など、読んでいるうちに腹が立ってきますが、麦彦は尊敬されたり、愛されたり、全く不思議です。債権者から逃れるための偽装離婚だと言って、届を出させた直後に入籍した二度目の妻と麦彦と杉の間に生まれた娘に看取られて亡くなるのですから、やりたい放題をした人にしては、恵まれた最期です。

 これほどのスケールではありませんが、似たところのある人を知っています。作者が「明るい詐欺師」と名付けた麦彦のように、借金癖、虚言癖の塊のようでありながら、なぜか好かれる人でした。反省という言葉を置き忘れた人が世の中にはいるので、こういう人に出会ったら、全速力で逃げたほうが身のためです。

 テレビに出てきた佐藤愛子さんは、とても90歳を過ぎた方とは思えないほど、魅力的でした。娘さん夫婦やお孫さんと二世帯住宅で暮らしていらっしゃるようで、高齢者になって得をしたのは、やりたくないことはやらないで済むことだと言われています。私も見習いたいと思いますが、いまのところ、やりたくないことも少しはやっています。

 ただ、父親のことを洗いざらい書かれた娘さんはどういうお気持ちか、気になります。次に読んでみようかと思っている『血脈』には父の佐藤紅緑や異母兄のサトウハチローが登場するそうですから、作家の家族は覚悟ができているのかもしれません。爽やかな読後感とは縁遠いという予感がするので、新年そうそう読む本ではないと思います。

  たまたまですが、今年の映画の見納めとなった『この世界の片隅に』の冒頭で流れる「悲しくてやりきれない」の作詞をされたのがサトウハチローでした。ほとんど見たことのないアニメ映画ですが、40分前に行って、残席2の絶賛上映中。若い観客が目立ちました。辛うじて戦争体験のある者からすると、現実はもっともっと荒んでいたと言いたくなりますが、終わったあと、しばらく立ち上がれなかったという若い方の声は貴重だと思います。だいいち、あまりにもリアルな映画を作ったら、、満席続きにはならないでしょう。

80歳の師走

 おせちを作り続けて50有余年、80歳になったらやめて、のんびり寝正月と思っていたのですが、まだやる気になっています。能力を少し上回るぐらいのことをたまにはやらないと、下降線を一直線でたどるのでは、という恐怖もあります。

 若かりし頃は仕事優先で、除夜の鐘を聴きながら掃除をしていましたが、いまは時間はたっぷりあるし、お掃除の一部はプロの手も借りて、少しずつ準備を進める毎日です。重い荷物を持って歩くのはドクターストップがかかっているので、丹波の黒豆、栗の甘露煮、塩蔵数の子など、日持ちのするものから買い集めて、暖房の入らない部屋に置いています。ネットスーパーや通販も活用し、根室の海産物や萩の蒲鉾、山形の日本酒などの手配も済ませました。今年は、遠祖の地、山形に行きましたし、ノーベル賞を受賞された大隅博士が手土産にされたという出羽桜・一路で盛り上がる予定です。某スーパーで獺祭をおひとり様一本限定で売っていたので、明日、買いに行きます。ワインは5本では足りないかもしれません。

 おせちの基本は、結婚したときからお世話になっている婦人之友社の「家庭の客料理」のレシピ。大学生の孫が田作り、高校生の孫がお煮しめの捩じり梅・松葉牛蒡・亀甲椎茸などの係を務めるのもいつのまにか慣わしとなっています。 

 よせばいいのに、脳トレのような説明図と格闘してランドリーラックを組み立てた後遺症で、さては圧迫骨折と思うほど背中が痛かったのもどうやら治まって、やれやれです。80歳まで生きているなんて思ってもいませんでしたが、それなりの楽しみを見つけられるのが幸せです。今年は臼杵や杵築、近江・越前、瀬戸内、十和田・奥入瀬、山形など、短いけれども実りのある旅ができました。来年も、暖かくなったら、あそこも、ここも、と密かにプランを温めています。

 少し気が早すぎますが、皆様、どうか良いお年をお迎えくださいませ。

 

怠け癖

 狂暴な夏と格闘するのに体力を消耗してしまって、すっかりブログを怠けてしまいました。何度か試みたのですが、途中で放棄する情けない有様です。週に2~3回のプール通いだけは、自立して暮らすための最大の良薬だと思って、必死で続けています。もう7年目に入りましたが、水中歩行を医師に勧められたと言って、お仲間になり、少し親しくなったら、プッツリいらっしゃらない、という方が10人を下りません。ただ黙々と歩くだけの単調な運動ですから、飽きてしまいますし、すぐに効果が出るものではないので、続けられる方が少ないのが残念です。

 予約不要で、好きなときに出かけられる映画がいまのところ、最大の娯楽です。記憶にとどめるために雑文を残したいと思いつつ、すべて挫折していますが、体力が回復したら、再度、挑戦してみます。

 あまり怠けていると、何かあったのではないかと心配してくださる有難い方がいらっしゃるので、来週こそ頑張ってみます。、

独り遊び

 狭い庭は花盛り。去年、買ったシャクナゲは一輪だけ咲いてくれました。

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 連休の前に遊んでおこうと思ったのですが、いまいちでした。まあ、たまには外れもありますよ。まず松濤美術館の「穎川美術館の名品」。尾形光琳の「業平東下り図」と長次郎の「無一物」が後期のご自慢のようですが、お茶道具を見る目を持ち合わせておりません。光琳も藤田美術館で良品をたくさん見せていただいたので、物足りない感じです。大坂の風景を描いた浮世絵は、初めて見るジャンルでしたが、江戸のものに比べると、泥臭いと、悪口ばかり言って、ダメですね。小ぢんまりして、ストレスのかからない好きな美術館です。今回は地味な感じでした。

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 ランチは神泉駅の近くにできたお店でいただきました。スタッフがきびきびして、好感が持てます。

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 お昼は四つのメニューから選びます。穴子天丼をお願いしたら、その大きさにビックリ。お鉢の左右にはみ出ています。酢の物の小鉢が隠れてしまいました。さくさくして美味しかったけれど、量が多すぎました。

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 そのあと、いつもの下高井戸シネマで「千年医師物語」。お話は面白くできていて、初めて知ることもたくさんありました。11世紀の「脇腹の病気」は虫垂炎で、罹ったら治らない病気だとか、黒死病の症状とか、当時のイングランドがいかに医療が遅れていたかとか・・・。母を虫垂炎で失って、なんとか治療法を身に着けたいと「愛の妙薬」に出てくるドゥルカマーラのような怪しげな医療者に押しかけ弟子入りしたイングランドの青年が、イスファハーンに世界一の医師がいると聞いて、エジプト経由で学びに行くという展開ですが、あとで調べてみると、史実とかけ離れているという専門家の辛辣な意見が出てきて、またガッカリ。イブン・シーナという実在の人物も出てくるので、かなり信じかけていましたから。

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 当時は不治の病だった虫垂炎で母を失った少年は、馬車で転々としながら怪しげな医療を行う理髪師に弟子入りします。

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 理髪師の白内障を治したユダヤ人の医師から、世界一の医師がペルシャにいると聞いて、ドーバー海峡の見える崖の上で師と別れ、一年以上かけてペルシャに渡ります。

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 世界一の医師イブン・シーナの教えを受けて、青年は成長していきますが、波乱万丈の物語のすえ、処刑寸前に難を逃れて、イングランドに戻り、病院を開くというお話です。観ている間は、けっこう手に汗を握りましたから、よかったことにしておきます。てっきりイギリス映画だと思ったら、ドイツ映画だそうです。



健気な花たち

  かがんだ姿勢が辛いので、あまりお構いできない花たちが今年も次々と咲いてくれました。沈丁花と馬酔木は終わってしまって、シャクナゲやコデマリはまだ蕾。ドウダンはちらほらです。

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 門扉に絡んだクレマチス。数年前の母の日に娘が送ってくれたクレマチスは、これからです。

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 友人からいただいたストレプトカルプス・サクソルムは、どんどん増えます。長い名前ですが、イワダバコ科です。

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 キンギョソウの脇のビオラは一年草ですから、毎年買っています。

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 ワスレナグサ。

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 最古参のハナズオウ。強剪定しないとすごいことになってしまいます。

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 去年来たばかりのサザナミツツジは、ちょっとしょんぼりしています。

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 ネモフィラは大好きな花で、毎年買います。

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 これも古参です。名前を忘れてしまいました。育てやすいものばかりです。紫ダイコン、ウツギは、種が飛んできました。

二日たって、エビネが咲きました。我が家の春です。

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電話機が壊れて・・・

 一昨日、プールから帰ってくると、ポストに宅配便の不在通知が入っていました。早速、再配達を依頼しようと、受話器をとると、シーンと静まり返っています。時流にはなはだしく遅れて、昨年、やっと使い始めたスマートフォンで連絡はできたのですが、かかってくるのが嫌で、番号はごく限られた方にしか知らせていません。とりあえずネットで番号を調べて、NTTに相談したら、とても親切にいろいろ試し、調べてくださいました。こちらの声は相手に伝わるのに、相手の声は聞こえないという奇妙な壊れ方をしています。結局、NTT的には全く問題がなく、機械の故障だということになって、メーカーさんの相談窓口の電話番号を教えてくださいました。

 これがなかなかつながりません。やっと出てきた方は低姿勢でしたが、修理業者に電話を回すとおっしゃいます。「おいくらぐらいかかりますか」と尋ねたら、出張料が5000円、部品代等でマックス2万円。うわぁー、それなら買ったほうがいいですね。電話を切って、今度は通販で、これまで使っていたのと同じような機種を探しました。帰宅後、2時間ほどかかってドタバタして、ネットで注文を済ませましたが、一人暮らしで電話のない暮らしは不安です。スマートフォンを買って、ほんとによかった。

 固定電話のない日が1日あって、今朝、10時に待望の宅配便が来ました。慣れた機種がいいので、従来と同じようなものを注文しましたが、受話子機がコードレスで使えるのが便利です。接続と設定を済ませて、受話器を耳に当てると、ツーという音がします。なんと心地よい音でしょう。こんな当たり前のことが、こんなに嬉しいのかと思いました。迷惑電話防止など、これまでなかった機能もいろいろありそうで、壊れてよかったのかもしれません。

 壊れた電話は、10年ほどの寿命でした。その前のFAXが送受信できる電話機は、FAX部分のトラブルが多く、メール以前の時代に、オペラのチケットを買ったり、ホテルの予約をしたりするときは、冷や冷やものでした。

 結婚したころは、電話を引くときは電話債券が必要で、当時の物価からすると、かなり高額でした。父が亡くなったときは、電話加入権も相続財産にカウントされましたが、いまは買えば4万円以上、売るときは1000円という状態のようです。

啓蟄のころ

 昨日の雨に洗われて、隣家のミモザが美しく豊かにそよいでいます。何とか風邪の流行をくぐり抜けて、来週の小旅行は無事に出発できそうです。ブログも開店休業状態で、いつまで続けられるか心もとないかぎりですが、あまり途絶えると心配してくださる方もいらっしゃいますので、啓蟄といたしましょう。我が家の狭い庭も昨年植えた黄水仙が一気に咲いて、いい子、いい子、と褒めてあげました。瓶に差した沈丁花の一枝が放つ香りに心がほどけます。

 2月は例年より一日多くて、最終日にボッチチェルリ展と武蔵野市民文化会館のリサイタルをハシゴしたら、次の週は廃人同様になってプールも休んでしまいました。やっと土曜日に友人と二人で月に一度のお食事とおしゃべりの会を盛大に開いて、認知症予防です。5歳年上の友人は交際の広い方で、いまも忙しい日々を有意義に送っていらっしゃいますが、三人組をつくっていた、ご子息の幼稚園時代のママ友がそろって迷妄の世界に入ってしまったとか。本がお好きなのに、なかなか思う本が手に入らないと言われるので、某通販で注文して、直接そちらに配達してもらうようにしたら、次の日には届いて、とても喜んでおられます。通販時代に乗り遅れると買い物難民になってしまいますね。

 来週の今頃は大分行の飛行機の中でしょう。3月は、もう一つの小旅行も企画したので、体調管理に励みます。公共交通機関のみで旅をしようとすると、地方の街はイタリアのプルマン並みの便数で、パズルを解くような作業をしなければなりません。

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