2004年 オペラ 海外編 ①
今回初めてマドリッドのテアトロ・レアルのチケットをネットで買いました。劇場のHPから入って(英語のページあり)、クレジット・カードの番号とメールのアドレスを入力し、Confirmation printoutをクリックすると、座席の位置が示された確認書が出てきます。名前や住所等も不要で、これまでネットでチケットを買ったあらゆる劇場の中でいちばん簡単でした。しかも手数料は2ユーロです。午後4時以降にチケット売り場の手前のモニター付きの装置に、申し込みのときに書き込んだ番号と同じ番号のクレジット・カードの磁気面を滑らせると、チケットがポトリと出てきます。確認書は全く不要です。3日続けて観る予定で申し込んでいたら、3枚が一度に出てきました。このカードをなくしたらどうなるのでしょうね。キャストやあらすじを書いたパンフレットは案内係が無料で下さいます。
テンダのヴェアトリーチェ 4月1日 20:00 アルインボルディ劇場(ミラノ)
Direttore Renato Palumbo
Regia
Scene Pier’Alli
Costumi
フィリッポ・マリーア・ヴィスコンティ・・・・・Anthony Micheels Muare
ベアトリーチェ・ディ・テンダ・・・・・・・・・・・Mariella Devia
アニェーゼ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Adriana Danato
オロンベッロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Jose bros
アニキーノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Fulvio Oberto
リッツァルド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Alberto Fraschina
ずっと観たい、聴きたいと思っていたオペラです。それもデヴィーアで! 数年前、ナポリで上演予定に挙げられながら、実現しなかったので、この機会を逃すと、もう一生ダメかもしれないと思って、今回の旅では最も期待していた演目でした。12時にドオゥーモ広場の地下のチケット売り場に行って、今日はデヴィーアが歌うと知って、小躍りしながらホテルに戻ったら、ショックなことがあったのですが・・・。
緞帳が開いて短い前奏曲の間、舞台を覆っていた幕は、寂しげなベアトリーチェの肖像が10本の剣が刺さった菱形の枠で囲まれているデザイン。全幕を通じてほの暗い舞台は、昼間見たコブシの花が咲き乱れる明るいビナスコ城とは全く違うイメージですが、どの場面も洗練された美しさに包まれていました。法廷の場面も、横線で示される数条のわずかな明かりで階段状の部屋であることが示され、次々と着席する裁判官たちは闇の中に沈んでいます。顔のない裁判官たちの冷たい合唱。人品卑しからざるベアトリーチェを死に追いやる人品卑しいフィリッポが同じように人品卑しいアニェーゼを愛するのもわかるような気がします。アンソニー・マイケルス=ムーアは、冷酷で小心な役柄を巧みに演じ、アドリアーナ・ドナートも好演。久しぶりに聴いたホセ・ブロスも聴かせどころを心得ていて、一人として、ちょっと、ちょっと、という方がいらっしゃらないのはさすがです。演出は動的な面を抑制して、侍女たちの動きもみな同じポーズをとって、様式感をかもし出していましたが、あとで見た「蝶々夫人」のいかにも日本ないし東洋、という演出とは別の意味で東洋的な静けさを感じました。その中でベッリーニの美しい旋律によって、報われない愛、裏切り、人の弱さ、醜さ、崇高さが心の奥底にしみ込んでくる名演でした。
初来日以来何度かデヴィーアの歌唱を聴いてきましたが、この夜はいっそう素晴らしく、最終日に来てしまったことを激しく後悔してしまいました。しかも、着いた翌日はどうしても眠気が襲ってきます。最後のアリアのなんと気高かったことでしょう。自在にコントロールされた声の美しさ、それまで結い上げていた髪をほどいて、従容として歩んでいく姿には、すべてを超越した境地が漂っていました。このような名唱はめったに聴けるものではありません。生身の人間ですから、時には真価を出し切れないで終わったこともあります。とくに日本で聴くと、初日など、おやっ、と思うこともありましたが、健在どころか、ますます磨きがかかった至芸を全身で受け止めた幸せなひと時でした。
アッティラ 4月3日 15:30 パラフェニーチェ ヴェネツィア
Direttore Marcello Viotti
regio,scene e costumi Corso di laurea specialista in scienza e tecniche del teatro,IUAV Facolta di designi e arti
アッティラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Michele Pertusi
エツィオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Alberto mastromarino
オダベッラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Elena zelenskaya
フォレスト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Kaludi Kaludow
ウルディーノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Massimiliano Tonsini
パラフェニーチェという劇場に初めて行きました。音は悪いし、殺風景極まりなく、たぶん二度と行かないでしょう。これも初めて観るオペラです。テオドッシュウのオダベッラに期待して行きましたのに、なんとこの日だけは別の方!
この公演は舞台美術を学んでいる若い方々が演出、舞台装置・衣装を担当されたようで、ロビーには、パネルやデザイン画、生地見本などが展示されていました。将来を担う方々にこういうチャンスが与えられるのはとてもよいことではないでしょうか。ローマの将兵はいちおうそれらしい格好をしているのを除くと、時代考証や場面設定はむしろ避けたのではないかという感じです。もう一つは、いくつかの場面で火が使われ、その数の多さで宴会の場面を象徴させるといった工夫が面白いと思いました。
タイトルロールのペルトゥージは、少し痩せて、この方としては珍しく音程が乱れたりして、体調が悪いのではないかと心配になりました。エツィオ役のマストロマリーノは声も身体も大きくて、相撲部屋在住者風。フォレストを歌った方は初めて聴きましたが、まずまず・・・。ただ、こういうことは言ってはいけないのを承知で言うと、なにやら山賊風で、私なら間違いなく凛々しいアッチラを選びます。アッチラは気品がありすぎて、とてもフン族の王には見えません。オダベッラを歌った方も力演でしたが、テオドッシュウを聴きたいという思いを消し去ることはできませんでした。
シチリア島の夕べの祈り 4月4日 16:00 テアトロ・コムナーレ・ディ・フェッラーラ
Direttore Stefano Ranzani
Regia
Scene Pier Luigi Pizzi
Costumi
モンフォルテ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Vladimir Stoyanov
ベテューネ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Casare Lana
ヴァウデモント伯爵・・・・・・・・・・・・・・・・・Lorenzo Muzzi
アッリーゴ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Renzo Zulian
プローチダ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Orin Anastassov
エレナ公女・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Amarilli Nizza
ニネッタ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Tiziana Carraro
ダニエリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Gregory bonfatti
テバルド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Cristiano Olivieri
ロベルト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Stefano Koroneos
マンフレッド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Luca Casalin
正直にi言えば、順番をつけると、いちばん後ろかもしれません。舞台もピッツィにしては階段を黒い布で覆っただけで、あまり冴えません。衣装もフランス士官は真っ白い将校マント、シチリア人は鳥打ち帽といった具合です。ただ、最後にシチリア人たちがフードつきのマントを着て現われる場面で、同じような衣装でありながら、デザインと色彩が少しずつ違い、それが集団となると美しい調和を見せていたのはさすがでした。この演出では、最後に殺されるのはモンフォルテだけ。アッリーゴとエレナがそばに駆け寄って終わります。
主要な役を演じる男声の3人はいずれ劣らぬ声量の持ち主。前から4番目の真ん中にいたので、空気の振動がビンビン伝わってきて、まさに声の格闘技でした。ただ一人の女声と言ってもいいエレナ公女役のニッツァはヴェルディを歌うには力不足。以前、アドリアーナ・ルクルヴールを聴いたときは、そんなに悪くないと思いましたが、苦しい場面がたくさんありました。悪口ばかり言って申し訳ありませんが、コーラス、とくに女声はかなりひどい。こう並べ立てると、もうしょんぼりしてしまったのかとお思いでしょうが、実はそうでもなかったのです。なぜかというと、周りのお客さんがとてもとても楽しんでいて、有名なアリアが歌われると、陶酔しきっているのがわかりました。コーラスの人たちは、ほとんど客席を通って登場し、みんな楽しそうです。最初は声が大きければいいってもんじゃない、などと思っていましたが、ブラボー、ブラバー、ブラビーが響き渡る中で、いつの間にか皆さんと一緒に楽しんでいました。終わりよければすべてよしです。
オリィ伯爵 4月6日 20:30 テアトロ・ヴァッリ レッジョ・エミーリア
Direttore Alvaro Albiach
Regia Lluis Pasqual
Le Conte Ory・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Lawrence Brownlee
Le Gouverneur・・・・・・・・・・・・・・・・・ Lorenzo Regazzo
Isolier・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Giacinta Nicotra
Raimbaud・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Bruno de Simone
Le Contesse・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Stefania Bonfadelli
Ragonde・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Anna Rita Gemmabella
Alice・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Rossella bevacqua
昨年の8月、ペーザロで2回にわたって素晴らしい公演を観ました。とくに最終日は表題役のフローレスをはじめ、このオペラを演ずるすべての人が乗りに乗り、聴衆のすべてが心底楽しんだ稀有の体験をしたのに、再び観たいと思ったのは、演出の意図を十分理解できていないという自覚があったからです。あとで優れた方のレポートを拝見して、自らの理解力の貧しさを恥じましたが、別の方の演出に関する解釈も読ませていただいて、疑問もわいてきました。フローレスという方だからこそ成り立つ演出だというご意見はよくわかりますが、ペーザロ以外ではダブルキャストにならざるを得ないので、ほかの方がどう演じられるかという興味もありました。配役は男性はペーザロとは全部別の方、女性はイゾリエ以外は同じ方です。
演出はある一点を除いて、全く同じでした。伯爵夫人に扮したソプラノのハイヒールを履いた足の傾け方も、イゾリエ役に扮したメゾの帽子のかぶり方も、すべてが計算し尽されています。とくにイゾリエはペーザロとは別のもっと小柄な方が演じられたのに、演技指導の成果か、形は相似形です。では、どこが違っていたのでしょうか。二幕の冒頭で女性たちが尼さんに扮する男性にお化粧を施す場面は、尼さんの装いを手伝うだけ。フローレスが口紅をつけた姿が可愛らしかったのをご覧になった方は覚えていらっしゃいますよね。なぜメイクをやめたのでしょうか。それはオリイ役を演じた方がアフリカ系の方だったからだと思います。
以下は全くの私見で見当外れもはなはだしいと後日、反省するかもしれません。迫りくる戦争の予兆の中で、パリの社交界の花形たちがあるパーティの余興として「オリイ伯爵」を演じてみる、筋書きは当然よく知っているという前提ですが、主要な役を演じる紳士淑女に注目してみました。ペーザロでは見落としてしまいましたが、イゾリエを演じることになる方は髪飾りからして豪華です。男性の中では家庭教師に扮する方がいちばん身分が高そう。この二人は、かなり親しい関係ではないのか。そして、オリイ役の青年と伯爵夫人役の女性も・・・・。尼さん姿での二重唱で、女性は尼さんに扮した男性の頭を膝に乗せ、ヴェールの上から撫でるかと思うと、急に邪険に振り払い、青年は肩をすくめ、両手を少し開くしぐさで観客に向かって照れ笑い。そこにかもし出されるのは、かなり馴れ合った関係でした。この夜の演技からは青年の年上の女性に対する恋心はどこにもありません。もっと言えば、オリイの従僕役のこれまた身なりのいい男性と女中頭役の女性は社交界の人としての設定の中ではご夫婦ではないか。フローレスにばかり注目していたペーザロとは違って、ゆとりを持って観られましたので、いろいろな妄想が湧いてきました。
オリイ役の方は軽めの声で、そんなに悪くはありません。胴回りのたっぷりした、なかなか愛嬌のある方で、フローレスとは似ても似つかぬところがかえってよかったのかも、とあえて言っておきますが、パリの上流社会に生まれ育ったという設定ですから、苦しいです。イゾリエ役は大人の女性のかなり妖しい魅力を漲らせたトドロヴィッチとはまるで違う小柄でキュートな方でした。ご母堂様に二度も出会ったご縁のあるレガッツォは真面目すぎ。尼さんたちも生硬で、ペーザロでは笑いをこらえるのに苦労したのに引きかえ、一度も笑えませんでした。
でも、全体としては楽しくて、いい公演でした。初めてご覧になった旧知の方(デヴィーアおじさん)は、とても喜んでいらっしゃいましたので、ペーザロで観ていなければもっと高得点になったでしょう。お陰さまで冷静に細かい点まで観察できたので、ボローニャの初日への期待は募るいっぽうでした。
Direttore・・・・・・・・・・・・・・・・・・Maurizio Benini
Rrgia・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Emilio Sagi
Scene e costumi・・・・・・・・・Julio Galan
トニオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Juan Diego Florez
マリーア・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Eva Mei
ベルケンフィールド公爵夫人・・・・・・・・Annie Vavrille
クラーケントロプ公爵夫人・・・・・・・・・・・Stefania Carnevali
スルピーツィオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Bruno Pratico
オルテンシォ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Paoro Orecchia
最初に幕の間から二人の懐中電灯を持った女性が現われ、あたりの様子を窺っています。幕が開くと、炸裂音と閃光。避難している女性たちは恐ろしさに震え、やがて静けさが戻ってきました。半地下の酒保の奥にはワイン樽、下手には大型のラジオがあって、一人の男性が調整に余念がありません。突然ラジオが戦争が終わったことを告げ、薄いマットレスを敷いて寝転がっていた人々は喜びながら片付けて去っていきます。戻ってきた連隊の面々の服装やラジオ、電話、壁に貼ってあるブロマイドなどから、第二次世界大戦ごろの時代設定ではないかと思いました。
何度か観ていますが、このオペラがこんなに素晴らしいオペラだとは知りませんでした。フローレス、メイをどうほめたらいいのか、言葉が見当たりません。一幕のトニオのアリアのあとの長い拍手!
パルコからは女性の”Grazie!!!"という声もかかりました。そのあと再び最高音の連発ですから、聴いていて感動のあまり沸騰しそうでした。フローレスは舞台の上で軍服に着替えたり、怪我をした脚をマリーアに手当てしてもらって、自分の腕を噛んで悲鳴をこらえたり、とても芸達者です。そして、メイの愛らしく溌剌とした演技と絶妙な歌唱! 加えて、連隊の面々の演技力にも驚かされました。切々と、<さようなら>が歌われているとき、ある者はガックリとうなだれ、ある者は頭を抱え、ある者はベルケンフィールド夫人を殴ろうとして止められ、それぞれがそれぞれの悲しみを表現します。こういう演技指導とそれに応えられる合唱の人たちも凄い! それなのに、9日後に私を裏切るなんて、あんまりですよ。一昨年の6月、イタリアに向かう飛行機で日本公演を終えたコーラスの皆さんとご一緒になり、仲良くしたじゃありませんか。
二幕の舞台も見事でした。ガラス張りの部屋の背後は緑の庭園が広がり、ガラス磨きを怠けて脱線ばかりして叱られる召使。タバコを吸いながら屋外の掃除をしている愉快なメイド。ダンスの教師は眼鏡をかけてピアノを弾いていましたが、この人まで脱線。わざとらしく笑わせようとしているわけではないのに、おかしくて、おかしくて・・・・・。そのあとのトニオのロマンツォも、これを聴いて心を動かされない人はいないと確信できる絶品でした。仰々しく、品の悪い公演を観たことがありますが、そういうところの微塵もない最上質のオペラ・コミークを観て、大満足、大興奮。バルに入って、たまたま出逢った日本の声楽家の方やももんがさんと夜中まで話し込んでしまいました。
蝶々夫人 4月8日 20・30 テアトロ・ムニチパーレ・ディ・ピアチェンツァ
Direttore Giovanni di Stefano
Reggio e costumi Stefano Monti
Scene Keiko Shiraishi
蝶々夫人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Elmira Veda
ピンカートン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Frank Porretta
シャープレス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Fabio Previati
スズキ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Chiara Chialli
ケイト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Paola Leveroni
ゴロー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Gianluca Floris
舞台装置は日本の方が担当されたようですが、実際にはありえない不思議なものでした。浅利氏の舞台と同じように最初から幕が開いていて、下手の屏風の前で巫女さんのような髪型の女性がが化粧をし、衣桁にかかっていた水干をまといます。これが蝶々さんかと思ったら、そうではなくて、時々現われて舞を舞う人でした。建物は真っ赤な柱に真っ赤な屋根、衣装も髪型も日本的でいて、ちょっと違います。烏帽子をかぶった黒衣風の召使、袴の上は燕尾服のゴロー、だらしのないお公家さん風のヤマドリ、山伏のようなボンズ等々、周りの人に「いくら100年以上前でも、こんなのありません」と言いたくなりました。
蝶々さんは、この日だけ歌った方で、とくによくも悪くもありません。スズキ役の方は日本人っぽく見せようとして、かえって変なときもありましたが、歌唱は光っていました。恰幅のいいピンカートンは、能天気そうでピッタリ、けっこう美声です。シャープレス役のプレヴィターリだけは聴いたことがありますが、渋くて、品があって、苦労人という感じがよく出ていたと思います。
セミラーミデ 4月11日 18:00 テアトロ・レアル マドリッド
Direttore Alberto Zedda
Regia Dieter Kaegi
セミラーミデ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Angeles Blancas
アルサーチェ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Daniela Barcellona
アッスール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Ildar Abdrazakov
イドレーノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Antonino Siragusa
アゼーマ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Maria Jose Suarez
オロ-エ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Felipe Bou
ミトラーネ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Eduardo Santamaria
あまり評判のよくない演出なのに、ペーザロで2回、トリノで1回、さらにマドリッドで1回観て、できればもう1回観たいと思ったのですから、そうとうなものです。ロッシーニの音楽は大好きですが、中でも「セミラーミデ」はいちばん好きなのと、日本では絶対に観られないというのが、言葉も全くわからないマドリッドまで私を駆り立てた理由でした。しかも、指揮者もキャストも魅力的です。
演出でペーザロやトリノと異なっていたのは、一幕二場の本来はバビロニアの空中庭園、この演出ではフェンシングの服装で現われて、侍女たちにマニキュアをさせる場面です。黒づくめのフェンシングスタイルで登場した女王は、脚を覆っていた防具を外すと、見事な脚線美を見せるタイツ姿になり、赤と黒のほとんど打ち合わせのないリバーシブルの巻きスカートをまといます。歩いたり、座ったりすると、すらりとした脚が目を楽しませて、とてもあでやかでした。スペインでは人気のあるソプラノのようですが、容姿の美しさではタコヴァを凌駕します。ただ、高音が苦しくて何度かハラハラさせられました。全体的にはよかったと思います。非常な難曲で、主要な役が6人必要ですから、全員そろって素晴らしいというわけにはいきませんが、これ以上のものを望むのは無理だというレヴェルの高い公演でした。
おこがましく私なりに選べば、指揮は今回のゼッダ、アルサーチェは2003年8月20日のバルチェッローナ、アッスールは2003年11月30日のペルツゥージ、イドレーノは今回のシラグーサ、オローエも今回のボウでしょうか。アゼーマはなぜか満足したことがないのですが、強いていえば今回のスペインの方が気品があって、よかったと思います。バルチェッローナは本来の力を出し切ったとは言えないけれども、やはりたいへん魅力のある方。このあとだんだんよくなっていくような気がして、ああ、もう1日、滞在を延ばしたいと思いました。シラグーサも最初は緊張気味でしたが、しだいに調子を上げて、ターバンを脱ぎ捨て、スキンヘッドで大熱演。あの髪型を気に入っていらっしゃるようですね。祭司集団は一糸乱れぬ動きをしたペーザロと比べると、少し乱れていたのもスペインらしいし、力のこもった合唱でした。
3階の真ん中、前から2列目に座りましたが、この劇場は音がきれいに届いてきます。最上階の両脇にかなり大きなスクリーンがあるので、見えにくい部分はカバーできるのも、行き届いた配慮です。高い位置にいると、平土間では見えなかった情景も見えて、できればいろいろな場所で見てみたいと思いましたし、この劇場がとても好きになりました。
ランスへの旅 4月12日 20:00 テアトロ・レアル マドリッド
Director Alberto Zedda
Director de escena y elementos esce'nicos Emilio Sagi
コリンナ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Laura Giordano
メリベーア侯爵夫人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Lola Casariego
フォルヴィル伯爵夫人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Mariola Cantarero
コルテーゼ夫人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Maria Rodriguez
騎士ベルフィオーレ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Israel Lozano
リーベンスコフ伯爵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Jose' Manuel zapata
シドニー卿・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・David Menne・ndez
ドン・プロフォンド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Simon Orfila
トロムボノク男爵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Enric Martinez-Castignani
ドン・アルヴァーロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Marco Moncioa
ドン・プルデンツォ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Alberto feria
ドン・ルイジーノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・David Castano'n
マッダレーナ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Itxaro Mentxaka
デーリア・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Adela Lo'pez
モデスティーナ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Beatriz Diaz
アントーニオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・David Rubiera
この公演は、ここ数年、ペーザロで若い音楽家によって続けられているものと同じ演出で、出演者の中にもこれまでペーザロで歌われた方が何人かおられました。私は2003年しか観ていませんが、リーベンスコフ伯爵とシドニー卿は同じ方です。
ペーザロのパラフェスティヴァルのために設定された舞台ですから、オーケストラボックスに覆いかぶさるかたちで、真っ白なデッキが造られ、真っ白な椅子が置かれ、”Giglio d’oro”という文字の入った浮輪が両サイドに配されていました。
演出・衣装はペーザロと同じです。ペーザロのように最上階から直接舞台に降りられる構造ではないので、コリンナのアリアはロイヤル・ボックスで歌われ、最後に風船を持って登場する王様は客席右側のドアから入り、真ん中の通路を通って、観客と握手しながらオーケストラボックスの前までやってきます。明日も観るので、いろいろな場所を試したくて、この日は4階の最前列に座りましたが、よく見えたし、よく聴こえました。
歌い手は女中頭役とコルテーゼ夫人以外は、スペインの若い方が主体ですが、真摯に、しかも楽しく取り組んでいらっしゃる姿が頼もしく、レヴェルも高く、楽しいロッシーニを聴けたことを幸せに思っています。日本にもやってきたドン・プロフォンド役のオルフィラがいい味を出して、地元でも人気があります。コリンナ役のジョルダーノは、少しふっくらして、か細かった声が力強くなりました。カンタレロは貫禄十分、ラス・パルマスの「清教徒」ではエルヴィーラに抜擢されています。
ランスへの旅 4月13日 20:00 テアトロ・レアル マドリッド
Director Josep Vicent
二日目は平土間にしました。行ってみたら一番前の中央通路側、指揮者の斜め後ろでした。指揮者が若い人に替わっただけで、出演者は昨日と同じです。ブレア首相をもっと若く、もっと善良にしたような感じで、ニコニコしながら溌剌と指揮し、昨日の老練なゼッダとはまた違った楽しい演奏でした。昨日の初日はバラバラだった場面もきれいにまとまってきて、だんだん良くなりそうな予感がします。最前列に座ると、当然ながら細かい演技が見てとれて、いろいろな席を試してみるのもいいなと思いました。モデスティーナというフォルヴィル伯爵夫人の女中役を演じた方は、ずっと風船ガムを噛んでいて、あれでよく歌えるなと感心しました。噛んでいるふりではなくて、ときどき膨らませたり、引き伸ばしたり。たいへん個性的な演技で異彩を放ち、二幕ではドレッシーに変身。大活躍です。
今日は縞のシャツを着た子どもの王様から握手していただく光栄に浴しましたが、とても可愛い! ペーザロでは最上階から舞台に降りてきて、缶入り飲料を飲んでいましたよね。 ここでは舞台に上がれないので、通路に座り込んでバッグからチョコレートを取り出してお召し上がりになり、舞台の上のバスローブ姿から一変してあでやかに正装した人たちが紙テープを投げあったりして騒いでいて、誰も相手にしてくれないので、くるくるパーの格好をして、恐れ多くもウインクを賜ったのち、風船の束を手に去っていかれました。
思いがけず、スペインで上質のロッシーニを3夜にわたって楽しめたましたので、はるばる来た甲斐がありました。
さまよえるオランダ人 4月15日 20:00 アルチンボルディ劇場 ミラノ
Direttore Gennedij Rozdestvenskij
Regia Yannis Kokkos
ダーランド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Hans Tscharmmer
ゼンタ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Eva Johanson
エリック・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Lan Storey
オランダ人・・・・・・・・・・・・・・・・・・Juha Uusitala
マリー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Mette Ejsing
舵取り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Daniel Kirch
ワーグナーについては超が五つ六つ付くぐらいの初心者です。以前、「ゼルミーラ」で素晴らしい舞台を見せてくださったコッコスが担当されると知って、のこのこ出かけました。白と黒、光と影の世界に波の映像がステージを揺らします。前方に向けて斜めに傾斜した舞台の中央を四角く切り取って、そこが海のようですが、波は時には舞台全体を覆いました。 オランダ人もダーラントも演技らしい演技をせず、真っ白な舵だけが目立つ暗い舞台で、ほとんど棒立ちで歌います。第二幕も大きな糸車と数脚の椅子だけが真っ白で、あとは女性たちの衣装も含めて黒の世界。その中でゼンタがエキセントリックに歌います。ステージの真ん中に敷かれた布がオランダ人の絵のはずですが、私の位置から観る限り、人間の肖像ではなくて、逆巻く波のように見えました。ご存知の方がいらっしゃたら、教えてください。第三幕の水夫たちがやりあう場面も7個のカンテラ以外は闇。唯一、舞台が明るくなるのは、ゼンタが黒い服を脱ぎ捨てて、白い服のまま中央の海に見立てた部分で仰向けに横たわったときだけでした。そのとき青黒かった海は緑に近いブルーに染まります。ぐるぐる回るだけの糸車の世界から、海の彼方の未知の世界にひたすら憧れるゼンタの想念が際立ち、他の登場人物は実在感が希薄なような気がしましたが、見当外れでしょうか。
音楽はとても美しく、エヴァ・ヨハンソンの歌唱も素晴らしいと思いました。
オリィ伯爵 4月16日 20:30 テアトロ・コムナーレ・ディ・ボローニャ
direttore・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Jesus Lopez Cobos
Regia
Scene ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Lluis Pasqual
Costumi
オリィ伯爵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Lawrence Brownlee
Raimbaud・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Bruno De Simone
Le contesse・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Stefania Bonfadelli
Le gouverneur・・・・・・・・・・・・・・・Lorenzo Regazzo
Isolier・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Giacinta Nicotra
Alice・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Rossella Revaqua
Ragonde ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Anna Rita Gemmabella
オーケストラとコーラスのストという、とても残念な結果に終わってしまって、なにも書く気が起こりません。オーケストラとコーラス抜きの「オリイ伯爵」がいかに詰まらないか、よくわかりました。一幕は上記の7人、二幕はレガッツォが抜けて6人でアリアと重唱だけ。フローレスがキャンセルしたのは当然かもしれません。「連隊の娘」に続いて二度も初日がストなのですから。いきなりアリアを歌わされた代役の方(レッジョ・エミーリアエと同じ方)もいかにも歌いにくそうでした。お金のことは言いたくありませんが、154ユーロにしては、あっという間に終わってしまいました。
終幕後、初めてご覧になったという日本の方と少しお話しましたが、「えっ、あれは衣装だったのですか?」とびっくりされていました。流れのないまま、今夜の公演を観たら、コンサート形式で自前のドレスで出演していると思われるのも無理はありません。
真珠採り 4月18日 15:30 マリブラン劇場(ヴェネツィア)
Direttore Marcello Viotti
Regio
Scene Pier Luizi Pizzi
Costumi
Lelia・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Annick Massis
Nadir・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Yasuharu Nakajima
Zurgar・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Luca Grassi
Nourabad・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Luigi De Donato
(配役のメモが見あたらないので、後日、補足します。主役の変更はありません)
日本のテノールが主役を歌われるというので、大いに期待していたのですが・・・・。ピッツィの舞台は黒い石の階段の前方に赤い少し反り返った平面を配した赤と黒の世界。衣装も黒と赤と褐色がおもに使われ、沈潜した雰囲気を出していました。フェッラーラの舞台よりは遥かにセンスが光っていましたが、ピッツィも手を抜くことがあるのでしょうか。なお、ズルガは人々に殺されるのではなくて、二人の恋人たちを逃がしたあと、一人で火刑台に上がっていくという設定でした。「シチリア島の夕べの祈り」の幕切れといい、この演出家は無残な場面はお嫌いのようですね。
歌唱ではズルガ役が良かったし、マッシスも少しざらついていた声がだんだん美しくなりました。肝心の方ですが・・・・・。あまり書きたくありません。この日だけ調子が悪かったと思いたいです。
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