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2001 海外

仮面舞踏会  1月31日 パルマ テアトロ・レッジョ  ゲルギエフ コンチャロフスキー 
 ゴルディ、モミロフ、ゲレッロ、ディアドコワ

ラ・ボエーム 
2月4日 フィレンツェ・テアトロ・コムナーレ オーレン ミラー
 ヴァドヴァ ドヴァルスキー 

ノルマ 3月4日 パルマ テアトロ・レッジョ ビオンディ、アンドー 
 アンダーソン、バルッチェッロナ、アブドラザコフ

ルクレツィア・ボルジア 
3月10日 ボローニャ、テアトロ・コムナーレ カッレガーリ マルチネッリ 
 デヴィーア、フィリアノーティ、スルヤン

フィガロの結婚 8月11日 ザルツブルク小劇場 カンブレリン マルターラー
 マッティ、デノーケ、シェーファー、シュナイダーマン

ファルスタッフ 8月13日 ザルツブルク大劇場 マゼール ドネラン
 ターフェル、クロフト、ジョルダーノ、ディアドコワ

コシ・ファン・トゥッテ 8月14日 ザルツブルク小劇場 ツアグロゼク ノイエンフェルス
 カサロヴァ、バーヨ、トロスト、ハヴラタ

ドン・カルロ 8月15日 ザルツブルク・大祝祭劇場  マゼール ヴェロニケ
 シコフ、ハンプソン、フルラネット、メシェリアコーワ、ボロジナ

湖の女 8月18日 ペーザロ パラフェスティヴァル ガッティ ロンコーニ 
 デヴィーア、フローレス、バルチェッローナ、ワークマン

テーティとペレーオの結婚 8月19日 ヴィッラ・カプリーレ カレッラ ピッツィ
 チョーフィ、フォルテ、ポドレス、ロペラ、ブレイク

新聞 8月20日 ペドロッティ劇場  バルバチーニ フォー 
 ボンファデッ リ、ポルベッリ、プラティコ、スパニョーリ、シラグーサ

2001 国内

2001年 オペラ 国内編 

イル・トロヴァトーレ 1月15日 新国立劇場 オーレン ファッシーニ 
 チェドリンス、ガルージン、マエストゥリ、フィオリッロ

マクベス 2月5日 東京文化会館 パルンボ ブロックハウス
 ガザーレ、マックローク、市原 

ドン・カルロ 4月12日 サントリーホール オーレン ディアツ 
 シコフ、ブルソン、チェドリンス、F.フルラネット

シモン・ボッカネグラ  6月30日 オーチャード パルンボ カピターニ 
 サルヴァドーリ、 マルティロッシアン、ファルノッキア

椿姫 7月2日 オーチャードホール カプラチェフスキー ファッシーニ 
 テオドッシュウ、カターニ、マエストリ

マノン 7月8日 東京文化会館 ギンガル ポネル 
 ヴァドゥーヴァ、サバティーニ、カロリス

トゥーランドット 9月23日 新国立劇場 菊池 デ・アナ 
 パタネー、ボロンテ、砂川

フィガロの結婚 9月27日 バイエルン歌劇場来日公演  東京文化会館 メータ ドルン 
 ターフェル、トレケル、ルークロフト、フュートラル

ナブッコ 11月6日 新国立劇場 オルミ ディアツ 
 アガーケ、パピアン、市原

ドン・ジョヴァンニ 11月20日 新国立劇場 コネリー デ・シモーネ
 F.フルラネット、ピエチョンカ、カロリス

ドン・カルロ 12月12日 新国立劇場 カッレガーリ ファッシーニ 
 スカンディウッツィ、ファリーナ、チェドリンス、ディヴァー

2002 海外

2002年 オペラ 海外編 

椿姫 1月27日 アルチンボルディ劇場  指揮  リッカルド・ムーティ  演出  リリアーナ・カヴァーニ
  ヴィオレッタ・・・・インヴァ・ムーラ
  アルフレード・・・マルセロ・アルヴァレス
  ジェルモン・・・・ロベルト・フロンターリ
  フローラ・・・・・・ニコレッタ・ザンニーニ

 郊外に忽然と出現した劇場。周囲は工事中の場所が多く、バルすらありません。30分前にならないと開場しないので、雨の日など、どうしたらいいのでしょう。幸いにもマチネで、しかも暖かい日だったので救われました。
 舞台はしっとりと美しい。一幕は大きな邸宅の中庭に帆布状のもので天井をしつらえ、奥や左右にシャンデリアが煌く部屋が見て取れます。二幕は窓の外に田園風景が広がり、下手には思わせぶりにベッドがドンと置かれています。上手にはビリヤードの台。三幕は衣装もインテリアも暗赤色の豪華な部屋。四幕はやや平凡でした。
 最初にノミネートされていたガッラルド=ドマスはキャンセル。残念ですが、それを言っていたら、オペラは楽しめません。代役のインヴァ・ムーラは、チャンスを生かそうと懸命に演じていました。四幕になって、その哀切さにやっと感情移入することができました。容姿も可憐です。ただ、社交界の花形というには、裾のさばき方などに洗練度が足りません。とかなんとか言っても、楽しみな新人の登場です。
 マルセロ・アルヴァレスは期待通りの歌唱でした。これまで聴いた中では最高のアルフレード。これだけでも大満足。
 ジェルモンはお馴染みのフロンターリ。どこも難点はないのに、なぜか好き! とならないのが我ながら不思議です。
  合唱は見事です。ただ、パリの社交界の紳士にしては、むさくるしい人が多いなどと言ってはいけませんね。<BR>
  いずれにしても、久々にブーイングの出ないスカラ座公演。しょんぼりとホテルに帰る悲哀だけは免れましたから、ブラビーです。

セヴィリアの理髪師  1月29日 テアトロ・コムナーレ・ディ・フィレンチェ  指揮 ケリー・リン・ウイルソン 演出 ホセ・カルロス・プラザ
 フィガロ‥‥フランコ・ヴァッサッロ
 アルマヴィーヴァ伯爵‥‥ポール・オースチン・ケリー
 ロジーナ‥‥アンナ・ボニタティブス
 バルトロ‥‥ブルーノ・デ・シモーネ
 バジリオ‥‥HAO JIANG TIAN

 劇場の前に貼ってあるポスターで配役変更を知ったときは、もうガッカリ。なにしろバルチェッローナのロジーナを聴きたくて来たのですから。でも、ここでメゲていては身が持たないので、気を取り直さなければ。
  舞台は絵本のよう。アルカサールやヒラルダの塔らしきものもあって、いちおうセヴィリア。バルトロのいでたちは黒と黄色のギザギザ模様、赤と青のダイヤ柄の衣装にトランプ柄の靴下をはいたフィガロが木製の自転車に乗って登場と、にぎやかなこと。
 アルマヴィーヴァ役のケリー、4年前にペーザロで聴いたときとは打って変わって、ふやけた(ゴメンナサイ)歌を披露してくれたので、さてはこれでロジーナに逃げられたのかと邪推したほど。代役さんでバランス的にはかえって良かったかもしれないと負け惜しみ。大好きな役のバジリオはちょっとイメージとズレがありました。なによりも軽妙なおかしさがないのが残念です。
 でも、日本では見ないことにしているロッシーニのブッファ、見られて、聴けただけでも、充分満足しましょう。

スペードの女王 2月2日 ボローニャ・テアトロ・コムナーレ  指揮 ウラジミール・ユロフスキー  演出 リッカルド・ジョネス(表記は自信がありません)
 ゲルマン・・・・VIKTOR LUTSIUK
 トムスキー伯爵・・・・ニコライ・プチーリン
 エレッツキー公爵・・・・アンドレイ・ブレウス
 伯爵夫人・・・・ニーナ・ロマノヴァ
 リーザ・・・・タチアーナ・モノガローヴァ
 ポリーナ・・・・マリーナ・ドマシェンコ

 皮肉なことに、イタリアのベルカント・オペラ一辺倒を標榜している身でありながら、今回いちばん感動したのは、この公演です。非常に若い(30歳ぐらい?)指揮者の情熱的な音楽、ドラマチックな演出、レヴェルの高い歌唱にすっかり引き込まれました。
 まず、スクリーンに若い女性の目・口・鼻が映しだされ、次に醜く変貌します。暗示的なリーザとゲルマンの動き、合唱団の動かし方、斬新でありながら、説得力がありました。すべてを語るスペースはありませんが、二幕で伯爵夫人は浴槽で溺れ、三幕一場では世の中が90度回転して、ゲルマンのベッドは垂直に立ち、やがて毛布の中からおぞましい骸骨となった亡霊が現れます。リーザは運河に身を投げるのではなくて、ゲルマンが捨てていったビニール袋(カードを入れた箱のパッケージ)を頭からかぶって自らの命を絶つのです。賭博場は大きな円卓が客席に向かってやや傾き、人々がテーブルをたたく音が無気味に響くなか、ゲルマンがピストルを自らの頭に向けて,ドラマは終わりました。
 歌手で聴いたことがあったのは、プチーリンだけですが、今回も素晴らしい歌唱力と演技。リーザ役のソプラノも素晴らしい力量の持ち主。エレツキー公爵も‥‥とベタぼめになってしまいます。イタリアでロシア人の演じるロシアオペラに感動するのは全く変なお話ですが・・・。空席が目立ったのが惜しまれてなりません。
 隣席の語学留学に来ているというカナダ人女性と意気投合し、二人で盛り上がったのも楽しい思い出。というと、いかにも語学が堪能そうですが、イタリア語のレヴェルが同程度だっただけですから、くれぐれも誤解のないようにしてくださいね。

ポッペアの戴冠  2月3日 ヴァッリ劇場 レッジョ・エミーリア 指揮 リナルド・アッレッサンドリ-ニ  演出 グラハム・ヴィック

 幸運の神(ラ・フォルトゥーナ)‥‥パトリツィア・チーニャ
 美徳の神(ラ・ヴィルトゥ)‥‥パトリツィア・ビッチレ
 愛の神(アモーレ)‥‥ジェンマ・ベルタニョーリ
 ポッペーア‥‥アンジェレス・ブランカ・グリーン
 ネローネ‥‥デボーラ・ベロネージ
 オッターヴィア‥‥モニカ・バチェッリ
 オットーネ‥‥ソニア・プリーナ 
 セネカ‥‥ジョルジョ・スルヤン
 ドルジッラ‥‥マリア・コスタンツァ・ノチェンチーニ
 オッターヴィアの乳母‥‥マックス・レーネ・コソッティ
 ポッペーアの乳母‥‥ロベルト・バルコーニ

 この劇場も素敵な夜を贈ってくださいました。あまり知られていませんが、美しく、音も良く、しかもチケット代が驚くほど安いのです。
 舞台は下手から円弧を描いて箱根細工のような木製のパネルが張り巡らされ、そこに階段が付いたり、学者の書斎が三つ並んだりする部分と、上手の円柱からなり、円柱は場面に応じて回転して、あるときは神殿、あるときはコロッセオのようなイメージを与えます。さらに、円柱の上のほうに螺旋階段が現れるというかなり複雑な構造ですが、落ち着いた雰囲気を醸し出していました。
 オーケストラボックスはなく、舞台の下の客席と同じレベルで20人ぐらいの編成で演奏されました。指揮者はステージにいちばん近い客席の扉から登場し、チェンバロを弾きながら指揮をします。ステージと客席は階段でつながり、最後の場面では裾持ちを従えたポッペアが客席を縦断してステージの上の玉座で待つネローネのもとに歩んでいきました。
 アモーレ役も舞台寄りのパルコやロイヤルボックスなど、あちこちに現れ、果ては宙吊りにまでなって大活躍。トランペッターも負けじとパルコで演奏するなど、楽しい仕掛けが随所に用意され、この時期のオペラの楽しさを味わいました。
 もちろん、歌唱もなかなかのもの。心地よい満足感に浸って、今回の旅では最後のオペラを聴き終えました。ホテルで教えてもらって、昼食をとった近くのレストランは、午前2時まで営業と書いてありましたので、きっとこれからオペラ談義が花を咲かせるのだろうと思いながら、ホテルに戻りました。
 

シモン・ボッカネグラ   6月16日・22日・26日 テアトロ・コムナーレ・ディ・フィレンチェ 指揮 クラウディオ・アッバード  演出 ペーター・シュタイン

 シモン・ボッカネグラ・・・グエルフィ
 フィエスコ・・・コンスタンチノフ
 アメーリア・・・マッテラ
 ガブリエレ・・・ラ・スコラ
 パオロ・・・ガッロ

 傑出していたのは、アッバードとそのしなやかな手によって手繰り寄せられたオーケストラの音楽の比類なき美しさ! オーケストラのメンバーの方から、練習のときの感想として、この世の利得を超えた高僧のような雰囲気を湛えておられると伺っていましたが、聴こえてくる音のすべてを受け止めたいという思いに駆られながら、過ぎていく時を止めるすべのないのが恨めしくもありました。こういう体験はめったにえられるものではありません。美しい声に重きを置きがちでしたが、オペラの中に占めるオーケストラの役割に改めて開眼いたしました。
 視覚的にも洗練された美しい舞台でした。白いドレスに紺色のグラデーションの薄物をひるがえすアメーリア。ブリューゲルの絵から抜け出たような市民たち。罪が露見して引き立てられるパオロの目にやきつく聖母子に守られた恋人たち。死を前にしたシモンの背後に広がる波の映像。いろいろな場面がいまだに脳裏を離れません。
 歌手については予算の都合で思うに任せなられなかったと聞きましたが、すべての人が16年ぶりにイタリアでイタリアのオーケストラと合唱団を率いてタクトをとるマエストロへの深い敬愛から、持てる力を出し切ろうとしていた姿は尊いものでした。
 25日の最終日は顰蹙ものの拍手のフライングもなく、真っ暗になった劇場からかすかにかすかに音が消えていき、緊張感に満ちた静寂があたりを包みました。それはこの場に集った人々が稀有の音楽と惜別するのに必要な時でした。
 我に返った聴衆から発せられた称賛を上回る喝采をきいたことがありません。マエストロがステージに現れるたびに、劇場を揺るがす大喝采が続きました。
 しばらくして、オーケストラボックスから「ハッピー・バースディ」のメロディーが。ふと振り返ると、二階席から「BUON COMPLEANNO MAESUTRO」と書かれた横断幕が掲げられました。さらに「TORNA CLAUDIO TORNA」という幕も。そして、夥しい花がマエストロとオーケストラの方々に降り注がれました。
 こんな体験をすることができた幸運に感謝すると同時に、これから何を聴いたらいいのかという脱力感にも襲われています。 

エルナーニ 6月18日 ナポリ サン・カルロ劇場  指揮 ネシェリング  演出 アサガロフ

 エルナーニ・・・エルナンデス
 ドン・カルロ・・・チェルノフ
 シルヴァ・・・パーピ
 エルヴィーラ・・・メシェリアコーワ 

 ウィーンで一度見ただけで、あまり上演されない「エルナーニ」が見られることと、昨年ザルツブルクで「ドン・カルロ」のエリザベッタを歌ったソプラノをもう一度聴いてみたいという気持ちでナポリまで来ましたが、この夜の最大の収穫はチェルノフでした。60年生まれといいますから、まだ42歳。端正な容姿と気品のある美声は気難しいナポリの聴衆の心をつかんだようです。
 表題役のヘルナンデスはニューヨーク生まれで、ヨーロッパ・デヴューが91年。まだ荒削りなところもありますが、なかなかの熱唱でした。パーピはドイツ人で、74年生まれだそうですから、30歳に満たない若いバス。2000年に観た「アンナ・ボレーナ」がナポリデヴューです。エルヴィーラ役のメシェリアコーワとともに大健闘で、暑さをこらえた甲斐がありました。気の毒だったのは合唱団の方々です。幕間に外で涼んでいましたが、甲冑姿ではさぞ暑かったでしょう。
 余談ながら、この劇場の案内係は黒のドレスの胸元に白薔薇を飾ったすらりとした美女ばかり。ローマ歌劇場のブラウスにパンタローネ、スカーフ姿を凌駕していました。
 隣席のシニョーラがいろいろ質問してきて、一人で来ていると知ると、車でホテルまで送ると言ってくださいました。近いからと遠慮しても、有無を言わさず、私の腕をとって、アンディアーモと半拉致状態。車はかなり遠方に停めてあって、はっきり言って、歩いたほうが早くホテルに着いたと思いますが、遠来の者に事故があっては、という心遣いに感謝感激です。

ドン・ジョヴァンニ  6月19日  ローマ・オペラ座 指揮 ジェルメッティ 演出 プロイエッティ
 
 ドン・ジョヴァンニ‥‥スカンディウゥツィ
 騎士長‥‥ザジック
 ドンナ・アンナ‥‥デヴィーア
 ドン・オッターヴィオ‥‥ヒメネス
 ドンナ・エルヴィラ‥‥アントナッチ
 レポレロ‥‥デ・カロリス
 マゼット‥‥エスポージト
 ツェルリーナ‥‥ノルベルク-シュルツ

 レポレロ役でで来日が予定されながら、実現しなかったスカンディウゥツィはローマではタイトルロールでした。「タンクレーディ」のジェルメッティ、「湖の女」のデヴィーア、「ランスへの旅」のノルベルク-シュルツなどペーザロ音楽祭でお馴染みの方の名前が並んでいるので、いそいそと‥‥。スカンディウゥツィはホールオペラの「シモン・ボッカネグラ」のフィエスコ役で初来日以来、品格のある美声の虜になったバスですが、重厚な役回りの多い方にしては異色の役どころをご本人も楽しんで演じていました。デヴィーアの絶品もののドンナ・アンナは数年前にボローニャで聴きましたが、今回は美しい衣装をまとって絶好調。だいたいドンナ・エルヴィーラとドン・オッターヴィオには不満が残る場合が多いのですが、今回は主な役を演じる7人の中に、これはちょっと、という方はいらっしゃらなく、心おきなくイタリアにおけるモーツアルトの世界に浸ることができました。
 エルヴィーラ役のアントナッチが出てくると、周りのイタリア人が、また出てきたとばかりクスクス笑います。シュルツも細い体をしなやかに使って、チャーミングなツェルリーナをに演じ、ヒメネスも初めて安心して聴けるオッターヴィオを歌ってくれて、大満足。
 目を見張ったのは、舞台装置と衣装の美しさ。同時代の絵画を参考にしてデザインされたようですが、上品なロココ調。ドン・ジョヴァンがヨーヨーを持って出てくるのも、当時の風俗だったようです。台座の上に大理石の彫像が乗ったお墓に吸い込まれる幕切れもおしゃれなアイデアだと思います。
 ナポリの劇場では日本人は私だけでしたが、さすがはローマ、和服姿の方も含めて、たくさんの同朋を見かけました。

蝶々夫人 6月21日 ミラノ アルチンボルディ劇場 指揮 リッツィ 演出 浅利  

 蝶々夫人‥‥デッシー
 ピンカートン‥‥アルミリアート
 スズキ‥‥カッシアン
 シャープレス‥‥ガザーレ
 
 はっきり言って好きなオペラではありません。20日の「理髪師」と連続して観られるのでなければ、チケットは買わなかったでしょう。スカラ座のストが20日ではなくて21日なら、こんなにバタバタしなかっただろうなんて愚痴っても無駄。ストは必ずやり甲斐のあるところを狙いますものね。
 浅利演出はすでに何度も再演されているので、ご覧になった方も多いと思います。開演の45分前から幕が開き、大工さんが鉋をかけて、家を建てていきます。やがて障子がはめられ、鉋屑を掃き清めて、開幕です。非常に静的な美しい舞台ですが、やはり外国人を意識した100年前の日本像ですから、違和感があります。
 デッシーは美しかったし、一度は観ておいてよかったかもしれません。

セビリアの理髪師 6月24日  ミラノ アルチンボルディ劇場 指揮 ロヴァリス 演出 ポネル
 
 アルマヴィーヴァ伯爵‥‥フローレス
 ドン・バルトロ‥‥デ・シモーネ
 ロジーナ‥‥カサロヴァ
 フィガロ‥‥デ・カンディア
 ドン・バジリオ‥‥アライモ
 ベルタ‥‥トラモンティ

 当初は、19日にローマで「ドン・ジョヴァンニ」を観たあと、ミラノに行って、20日に「理髪師」、21日に「蝶々夫人」、25日にフィレンツェの「シモン・ボッカネグラ」を観て帰国という予定でした。ところが20日にアルチンボルディ劇場の前まで行くと、誰もいません。扉には無情にも「ショーペロ」という貼り紙! 知らずに来られた数人の日本人と愚痴をこぼしながら、ホテルに逆戻りです。21日にスカラ座のチケットオフィスで24日のチケットと交換して、フィレンツェとミラノを往復する羽目になりました。
 ボローニャの来日公演を観て以来、これ以上のものが観られるだろうかと思っていましたが、予感的中。デ・カンディアのフィガロ、デ・シモーネのバルトロ、アライモのバジリオ、トラモンティのベルタは、座長のような気配りでみんなを盛り立てたヌッチ、すねたり、怒ったり、とても可愛いプラティコ、怪しげな雰囲気と美声のジョヴァンニ・フルラネット(この方がルクレツィア・ボルジアのアルフォンソを演じているビデオを観ましたが、これまたいいんです)、女中にはもったいないビッチレーのペーザロ三人組、ガッティと乗りに乗ったオケが繰り広げた世界に比べると、物足りないものでした。
 フローレスは大奮闘、三枚目ぶりを発揮し、最後の歌で満場の大喝采を浴びましたが、カサロヴァはややお疲れ。ビデオでお馴染みのポネルの演出は通行人の扱いなど、光るものはあっても、あの熱気、あの気合、あの歌のあとでは‥‥。このオペラはしばらく観ないことにします。
 イタリア在住の方によると、プラティコがラジオのインタヴューで、言葉の制約があるのに、日本の聴衆は自分たちのオペラをよく理解し、反応を示してくれた、素晴らしい人たちだと語ったそうです。


ルクレツィア・ボルジア 9月26日 スカラ座(アルチンボルディ) 指揮  レナート・パルンボ 演出 ウーゴ・デ・アナ
 
 ドン・アルフォンソ‥‥ミケーレ・ペルトゥージ
 ルクレツィア‥‥マリエッラ・デヴィーア
 ジェンナーロ‥‥マルセロ・アルヴァレス
 オルシーニ‥‥ダニエラ・バルチェッローナ

 前回、ショーペロの憂き目をみたので、お昼過ぎ、ドゥーモ広場まで行ったら、ちゃんと前売所が開いていたので、一安心。今日はアルヴァレスが歌うジェンナーロを30日はフィリアノーティが歌うようです。ベストメンバーで聴けそうでいそいそと劇場に向かいました。
 それぞれの次元が歪みを持つ舞台に仮面とマントに身を包んだ人々が登場、やがてマントの中から男女のペアが現れて、Berra,Venezia!が歌われるプロローグから緊張感が漲りました。ルクレツィアに扮したデヴィーアの気品と完璧な歌唱は、その前にアリア「リミニの戦いで」を歌って聴衆を魅了したバルチェッローナを上回る感動の渦を巻き起こし、ジェンナーロ役の俊英アルヴァレスとの出会いの場面は全幕の中で唯一、悪意・怨念・嫉妬と言った暗い情念のない美しい音で満たされました。それだけに、そのあとでルクレツィアに加えられる侮辱の凄まじさも際立ちましたが‥‥。この劇場がこれほど沸き返るのを初めて知りました。
第一幕以降も、暗く、不整合な亀裂が走る舞台。ドキドキしながらペルトゥージの第一声を待ち、絶好調だと喜びました。Vieni; la mia vendetta,と歌うアルフォンソの頭がある角度を持って傾けられ、品格に加えて陰鬱な心象を表現して余りありました。
 第二幕、教皇が身に付けるような帽子とケープの中から純白に金色の飾りを施したドレスをまとって現れたルクレツィア。他を圧する存在感、まさに大女優の風格です。プリマドンナオペラと呼ぶにふさわしいプリマドンナを得て、いつまでも続く喝采のなかで幸せな夜が終りました。主要な役を歌う四人にそれぞれ最高の力量の持ち主を得て、やはりオペラは歌唱だ! としみじみ思いました。
 ただ、残念だったのは初日だというのに空席の多さ。幕間ごとに民族大移動が始まって、落ち着きを欠いたのは残念でした。
 帰りは11時24分発の中央駅行き最終に間に合って、楽にホテルまで帰れました。これを逃すと、ポルタ・ガリバルディ駅で地下鉄に乗り換えなければなりません。
余談を一つ、幕間にロビーで見かけたイタリアの美しいシニョーラのお召し物、黒地に白で日本の諺が染め抜かれています。「安物買いの銭失い」とか「早起きは三文の得」とか、笑いそうになって、困りました。
セヴィリアの理髪師  9月29日 ヴェルディ劇場(パドヴァ) 指揮 クラウディオ・シモーネ 演出 ベーピ・モラッシ

 アルマヴィーヴァ伯爵‥‥マシュー・ポレンザーニ
 フィガロ‥‥ファビオ・プレヴィアーティ
 ロジーナ‥‥アンナ・カテリーナ・アントナッチ
 バルトロ‥‥アルフォンソ・アントニオッツィ
 ベルタ‥‥ジョヴァンナ・ドナディーニ
 バジリオ‥‥ロレンツォ・レガッツォ
 フィオレッロ‥‥ダヴィデ・ペリッゼロ

 オーケストラ・合唱‥‥フェニーチェ劇場

 500人規模の小さな劇場。日曜の午後6時開演ということもあってか、子どもたちの姿が目立ちましたが、きちんとマナーを守りながらオペラを楽しんでいる様子に、イタリアオペラの将来は明るいと感じました。愉快な場面ではアハハという子どもらしい無邪気な笑い声が響き、いい雰囲気です。
 2種類の縞ガラの布を組み合わせて縁取った奥にセットのあるお洒落な舞台。二幕では赤い布と同じものが部屋のクロスとして使われて、遠景にヒラルダの塔が見えました。
 ワクワクした心をかきたてるような歯切れのよい序曲に続いて、伯爵登場。初めて聴くテノールはロッシーニのスペシャリストというわけにはいきませんが、これからが楽しみな人。芸達者なフィガロが軽妙に舞台を駆け巡り、瓶ぞこ眼鏡の奥からあらぬかたを見つめるようでいて油断できないバルトロ(アントニオッティを初めて聴いたのは94年のウィーンの来日公演の「フィガロの結婚」のバジリオ、その後、ミラノでピエロのようなドゥルカマーラを見せていただきました。プラティコとは一味違った役作り、身のこなしの軽やかな方です)、怪しく不気味なバジリオ、貫禄充分なベルタが観客の心をとらえました。最近「ウエルテル」で来日したアントナッチのロジーナも可愛いく、パドヴァの方々と一緒に全身でオペラの愉しさを満喫し、オペラは楽しむものだ! と思いました。
 余談ですが、駅前から劇場に行くバスの中で品のいいシニョーラと言葉を交わし、初めて行くと心細げなその方を数時間前に行ったことのある私がご案内する仕儀となりました。翌日、ヴェネツィアでもあまり人の来ない美しい広場で休んでいたら、なんとその方が入ってこられて、お互いにビックリ! そして「昨日、うちの息子がバジリオを歌ったのよ」「エッ、あなたはロレンツォのお母さん!」ということになりました。お近くにお住みだそうです。ロレンツォは来年、「イタリアのトルコ人」で来日予定。帰ってきたら、先行予約は終っていたので、電話をかけ続けてチケットを確保しました。

マノン・レスコー  10月3日 テアトロ・コムナーレ・ディ・フィレンツェ  テアトロ・コムナーレ 指揮 D.オ-レン 演出 P.F.マエストリーニ

 マノン‥‥F.チェドリンス
 兄レスコー‥‥F.ヴァッサロ
 デ・グリュー‥‥S.ラリン
 ジェロンテ・ド・ラヴォワール‥‥D.リゴーザ
 エドモンド‥‥E.コッスッタ

 落ち着いた色調にまとめられた、今回観た中では最もオーソドックスな舞台でしたが、ステージの上では濃密なドラマが進行していきました。日本でも何度か聴いたオーレンの音楽は、オーケストラとの信頼関係のもとで素晴らしい輝きを発し、タイトルロールの好演もあって、どちらかというと敬遠気味だったプッチーニやこのオペラが好きになるという大きな収穫までいただきました。天を舞い、地を這うようなオーレンの熱のこもった棒さばき、それに応えて劇場に満ち溢れる豊かな音、そこに身をゆだねる心地よさ!
 ドラマとしての一貫性を欠くと言われているにもかかわらず、初めの二本と比べて、非常にドラマ性を感じました。ドニゼッティやロッシーニと比べること自体が間違いと言われればそれまでですが‥‥。これまた日本でもおなじみのチェドリンス、熱演でした。声量がないと聞いていたラリン、全盛期とは比べられないとしても噂ほどではありません。ヴァッサロも1月のフィガロよりは適役。合唱団の演技の確かさも含めて、総じてブラヴィー! ブラヴィー!!! このオペラを勧めてくださり、大きな便宜を図ってくださった方に心から感謝します。

カルメン 10月8日 ルッカ ジーリオ劇場  指揮 オッターヴィオ・マリーノ  演出 シャヴィエル・アルベルティ

 ドン・ホセ‥‥アントニーノ・インテリザー
 エスカミーリオ‥‥ロベルト・ハイマン
 ダンカイロ‥‥フェルナンド・キュッフォ
 レメンダート‥‥レオナルド・メラーニ
 モラーレス‥‥アレッサンドロ・カラマイ
 スニガ‥‥アレッサンドロ・ルオンゴ
 カルメン‥‥マリア・ホセ・モンティエル
 ミカエラ‥‥ヨランダ・オーヤネット
 メルセデス‥‥ロッセラ・ベヴァックァ
 フラスキータ‥‥ソニア・ザラメッラ

カルメン 10月9日 ルッカ ジーリオ劇場 指揮 オッターヴィオ・マリーノ  演出 シャヴィエル・アルベルティ

 ドン・ホセ‥グりエルモ・オロツコ
 エスカミーリオ‥‥ジャン・フランコ・モンタルソル
 ダンカイロ‥‥フェルナンド・キュッフォ
 レメンダート‥‥レオナルド・メラーニ
 モラーレス‥‥アレッサンドロ・カラマイ
 スニガ‥‥アレッサンドロ・ルオンゴ
 カルメン‥‥チツィアーナ・カッラッロ
 ミカエラ‥‥スザンナ・ブランキーニ
 メルセデス‥‥ロッセラ・ベヴァックァ
 フラスキータ‥‥ソニア・ザラメッラ
 この公演はCittaLiricaの名のもとに、ピサ、リヴォルノ、ルッカ、マントヴァ、ロヴィーゴの5都市で順次催されます。8日にルッカに着いて、メールで予約していた9日のチケットをもらいにいくと、今夜のチケットもある、主要キャストはダブルだというので、これも求めました。平土間の最後列(といっても15列目)で36エウロです。
 ホテルは劇場のまん前。イタリアに来て2週間になりますが、初めて小雨模様でしたので、ホテルのロビーから様子をうかがって、開場したのを確かめて劇場に向かいました。劇場は500人規模ですから、パドヴァと大差ありません。
 舞台は質素ながら、よく考えられたもので、同じ大道具を上手に使いまわしています。この劇場の特色はオーケストラボックスの両脇に端が架けられ、ステージと客席が結ばれていることです。まず子どもたちが後部扉から駆け込み、通路を走り回ったのち、舞台に上がります。やがてタバコ工場で働く女性たちが細巻のタバコを燻らせながら登場し、最後にステージの上の人々の熱い視線を浴びながらカルメンが右側通路をゆっくり歩いて舞台に上がるという演出でした。お客さんは知っているメロディが流れてくるとニッコリ! オーケストラボックスに架かった橋の上でハバネラが歌われると、前の席のご夫婦は本当に幸せそうでした。
 終幕は音楽が始まる前に、まず女性たち、続いて男性たちが、後部扉から、オーレィという喚声とともに現れます。闘牛士たちも意気揚揚と客席から舞台に上り、最後にカルメンとエスカミーリオが今度は左側通路を通って登場します。まるでお祭です。小難しい理屈はもう要りません。ここでもオペラは楽しいものだ、という思いを強くしました。
 終ったときはなんと午前1時、しかも外は激しい吹き降り。30秒で帰れるホテルにして正解でした。それにしても、この時間まで舞台を務めた子どもたち、児童なんとか法なんてないのでしょうね。
 2晩続けて同じオペラを観ましたが、主要な4役がダブルキャストで歌合戦のよう。それぞれ長所短所があって、興味深いものがありました。感嘆したのは合唱団の方々の演技です。動きがとても説得力があって、2晩観ても見飽きません。こういうところにもオペラを支える底力があるのだと感じました。もう一つは、スニガを歌った方が紛れもなき美形だったこと! 申し訳ありません。

アドリアーナ・ルクヴルール 10月11日 コモ ソシアーレ劇場 指揮 ルチアーノ・アコッチェラ  演出 イヴァン・ステファヌッチ

 アドリアーナ‥‥アマリッリ・ニッサ
 マウリツィオ‥‥チェーザレ・カターニ
 ブイヨン公爵夫人‥‥アンナマリア・キウーリ
 ミショネ‥‥セルジオ・ボローニャ
 僧院長‥‥アルド・ディ・トーロ
 ブイヨン公爵‥‥フラーノ・ルーフィ

 初めて生で観るオペラです。堂々とした列柱を前方に持つ大きな劇場で、内部も美しくしつらえてありました。
 特筆すべきは、演出・舞台装置・衣装を担当したステファヌッチの洗練された舞台美術です。小道具(例えば帽子の箱やトランク、アドリアーナが手にする台本)から衣装、大道具のすべてが白黒のモノトーンでまとめられ、わずかにアドリアーナの純白の舞台衣装に配されたほどよい分量の金色が輝きます。20世紀初頭の雰囲気を十二分に醸しだす才能に舌を巻きました。
 次にアドリアーナを演じたニッサの美しい容姿と表現力、彼女と対峙する公爵夫人のあでやかさ。歌唱力というよりも演技者としての力量は並々ならぬものがあって、またしても驚かされました。対する男性陣はというと、ミショネ役のボローニャが光っていました。唯一これまでに聴いたことがあったカターニも精一杯演じていましたが、公爵役のルーフィとともにいささか位負けというところです。
 幕間に隣席のご夫婦の質問攻めにあいましたが、とても感じのいい方で、自分の町の劇場に誇りを持っていらっしゃる姿勢に、単にカンパリニズモと切り捨てられない大切なものを感じました。

カプリッチョ 10月13日 トリノ テアトロ・レッジョ 指揮 ジェフリー・テイト  演出 ジョナサン・ミラー

 伯爵夫人‥‥E.ホワイトハウス
 伯爵‥‥O.ベーア
 フラマン(音楽家)‥‥J.カウフマン
 オリヴィエ(詩人)‥‥C.オテッリ
 ラ・ローシュ(劇場支配人)‥‥F.ハヴラータ
 クローレン(女優)‥‥D.ゾッフェル
 プロンプター‥‥P.ケラー
 イタリアの女性歌手‥‥L.ワトソン
 イタリアの男性歌手‥‥V.ゼルキン

 開演の15分ほど前に劇場に入ると、すでに幕が開いていて、数人の男性が椅子を運んできて、カバーを外したり、女性が衣装を運んだり。最初は奥が開口していて廃墟となったクーポラが見えましたが、やがてトタン板の扉が奥を塞ぎました。
 コンサートマスターによる調音や指揮者の入場・拍手はいっさいなく、場内が暗くなると同時に、何時の間にか指揮台に上っていたテイトの棒で静かに音楽が始まります。開演準備の動きは続き、やがてナチスの将校らしき人物が現れ、人々は手を斜め上に上げて、ハイルヒットラー。ちょっと驚きましたが、このオペラが創られた時代が語られていました。
 イタリアオペラ一辺倒の私には初めての演目。そもそもリヒャルト・シュトラウス自体、「薔薇の騎士」を生で聴いただけの乏しい体験の持ち主です。寝ては大変とわざわざマチネにしたほどですが、とても寝るどころではありません。イタリア語の字幕を目で追いながら、限りなく美しい歌声、オーケストラに引き寄せられ、夢見ごこちで時を過ごしました。
 最後に奥の扉が再び開いて、主要な登場人物がステージに戻って見守るなか、遠景のクーポラが紅に染まって終ります。
 劇場に来られた方の反応ですが、20人ぐらいは途中で帰り、5%ぐらいは眠り、約70%の方が熱狂的な喝采を送りました。最高の喝采は指揮者のテイトに捧げられたのは言うまでもありません。

2002 国内

2002年 オペラ 国内編

バルチェッローナ・リサイタル 2月14日 オーチャードホール

ウェルテル 2月27日 新国立劇場 指揮 ギンガル 演出 ファッシーニ
 サッバティーニ、アントナッチ、中嶋彰子、久保田真澄

デヴィーア&ガナッシコンサート 3月3日 オーチャードホール

カプレーティとモンテッキ 3月15日 東京文化会館 指揮 カッレガーリ 演出 ピッツィ
 デヴィーア、ガナッシ、佐野 

カプレーティ家とモンテッキ家 3月17日 同上

椿姫 4月8日 サントリーホール コンサート形式
  佐藤しのぶ、コーニ、カノニチ ピアノ伴奏 森島英子

テオドッシュウ・リサイタル 4月25日

清教徒 5月29日  東京文化会館 指揮 ハイダー 演出 サージ
 グルベローヴァ、サッバティーニ、C.アルバレス、プレスティア、ピッコリ、ベルフィオーレ

セヴィリアの理髪師 5月31日 東京文化会館 指揮 ガッティ 演出 スクァルツィーナ 
 フローレス、プラティコ、カサロヴァ、ヌッチ、フルラネット、ビッチレー

セヴィリアの理髪師 6月3日 同上

清教徒 6月4日 指揮 ハイダー 演出 サージ
 グルベローヴァ、サッバティーニ、ヌッチ、ダルカンジェロ

フィガロの結婚 9月8日 オーチャードホール エクサンプロヴァンス東京公演

ポリーニ・プロジェクト・第二夜 10月25日 紀尾井ホール

セヴィリアの理髪師 11月10日 新国立劇場 指揮 ピロッリ 演出 粟国 
 シラグーザ、ディドナート、プラティコ、デ・カンディア、ダルテーニャ

イル・トロヴァトーレ 11月21日・23日

ナクソス島のアリアドネ  12月14日 新国立劇場
 
 
2002年のベスト5

この1年間に鑑賞したなかで、素晴らしいと思った方々と演目です。演目だけは五つ。それでもけっこう悩みました。

感動したオペラ
「セヴィリアの理髪師」 ボローニャ歌劇場引越公演
「シモン・ボッカネグラ」 フィレンチェ テアトロ・コムナーレ
「ルクレツィア・ボルジア」 ミラノ スカラ座
「ドン・ジョヴァンニ」 ローマ オペラ座
「エルナーニ」 ナポリ サン・カルロ歌劇場

指揮者‥‥クラウディオ・アッバード 
 フィレンチェ 「シモン・ボッカネグラ」 6月
演出‥‥イヴァン・ステファヌッチ 10月   
 コモ 「アドリアーナ・ルクヴルール」 10月
オーケストラ‥‥フィレンチェ・テアトロ・コムナーレ
 「シモン・ボッカネグラ」 6月

ソプラノ‥‥マリエッラ・デヴィーア
 「カプレーティとモンテッキ」「ドン・ジョヴァンニ」「ルクレツィア・ボルジア」
メゾソプラノ‥‥ソニア・ガナッシ
 「カプレーティとモンテッキ」
テノール‥‥ファン・ディエゴ・フローレス
 「セヴィリアの理髪師」 東京 5・6月
バリトン‥‥ウラジミール・チェルノフ
 「エルナーニ」 ナポリ 6月
バス‥‥ミケーレ・ペルトゥージ
 「ルクレツィア・ボルジア」 9月 ミラノ

2003 海外①

2003年 オペラ 海外編 ①

アルジェのイタリア娘  4月1日 20:00 ミラノ アルチンボルディ劇場 
 ミラノに着いた翌日、ドゥーモ広場地下のチケット前売り場に出演者の確認に行きました。Florez,Kasarova,Pertusiの名前を確認して、小躍りしながら開演を待ったのですが、不吉な「アテンチオーネ・プレーゴ」! カサロヴァは休演です。しかたのないことですが、全体のクオリティは下がりました。

 Mustafa・・・・・MICHELE PERTUSI
 Elvira・・・・・・・CARLA CENSO
 Zulma・・・・・・LARISSA SCHMIDE
 Haly・・・・・・・・GIORGIO CAODURO
 Lindoro・・・・・JUAN DIEGO FLOREZ
 Isabella・・・・・・MAGINA DE LISO
 Taddeo・・・・・・・ALFONSO  ANTONIOZZI

 Direttore・・・・・CORRADO ROVARIS
 Regia・・・・・・・・JEAN-PIERRE PONNELLE

 幕が開くと、品よくまとめられた舞台が観客を待っています。フローレスは第一声からすべての人を魅了し、ペルトゥージも昨年この劇場で見た陰湿な役柄とは正反対の太守を軽妙に演じました。第二場の冒頭、イタリア船は大砲一発で簡単に沈没。急に代役に決まったリーゾは、さぞかし大きなプレッシャーがかかっていることだろうと思わせる出だしでしたが、懸命にその役を果たそうとしていました。この方にカサロヴァ並みの力量を期待するのは無理な話ですが、かわいくてしたたかなイザベッラを観たかったという思いは最後まで残りました。若い方がこういうチャンスを生かして羽ばたいていくのを応援しなければいけないのはよくわかっていますが・・・。
 それを補って余りあるのは一幕の手鎖付きの奴隷姿から打って変わって紺と白の制服も凛々しいフローレス! 重唱でも際立つ美声に大満足したのは私だけではありません。いま絶好調のテノール、その瑞々しい歌声に生きることの素晴らしさを感じます。昨年の「ルクレツィア・ボルジア」に続いて、この劇場が沸くのを再び体験できました。アントニオッツィはかつてのウィーン国立歌劇場の来日公演でアッバード指揮の「フィガロの結婚」で初めて聴いてから、何度か聴いていますが、とぼけた味を持ち、軽妙な演技のできるバリトンで、なんとなく気になる存在でした。タッデオでは持ち味が出し切れていないような気がしたのは、なぜでしょう。
 昨年、東京でガッティの挑発的な「理髪師」を聴いた直後にこの劇場でロヴァリスの同じ演目を聴いて、物足りないものを感じました。今回もフローレスやペルトゥーシの歌声に酔いしれながらも、全体としては生硬さを感じたのは否めません。


フィデリオ 20:00 4月2日 ミラノ アルチンボルディ劇場 

 Don Fernando・・・ILDER ABDRAZAKOV
 Don Pizarro・・・・・EIKE WILM SCHULTE
 Frolestan・・・・・・・ROBERT DEAN SMITH
 Leonore・・・・・・・WALTRAUD MEIER
 Rocco・・・・・・・・・HANS TSCHAMMER
 Merzelline・・・・・・LAURA AIKIN
Jaquino・・・・・・・・・MATTHIAS KLINK
 
 Direttore・・・・・・・・RICCARDO MUTI
 Maestro del coro・・BRUNO CASONI
 Regia・・・・・・・・・・・WERNER HERZOG

 ドイツ語圏のオペラについては無知蒙昧の身ですから、語れるものはほとんどありませんが、オーケストラ、合唱、各ソリストの歌声には流石と思わせられるものがありました。第二幕の長大な序曲もご立派! いよいよ戦争だ、というときにこの救出劇を観るのも不思議なご縁です。舞台は数階建ての建物が奥に向かって斜めにかしいでしつらえられ、二幕ではほとんど同じ建物をの上部から難渋しながら降りる二人の人物が登場して、地下であることを示唆します。最後はその真ん中が割けて外部の人が走り出、建物から囚人が助け出されました。アブドラザコフの声はとても好きなので、若々しいドン・フェルナンド、いいなと思いました。


スターバト・マーテル ロッシーニ  4月4日 20:00 ヴェネツィア サンティ・ジョヴァンニ・エ・パウロ教会
 最後まで情報が交錯しながら、とうとう聴けたという点では達成感を感じたコンサートでした。劇場のHPにはサント・ステファノ教会という記載があったので、ヴェネツィアに着くとすぐ行ってみました。でも、まるでその気配がありません。教会の中で絵葉書を売っていた方に尋ねると、そんな話は聞いたことがないという答え。そのままトルチェッロ島に行って、午後6時ごろサンティ・ジョヴァンニ・エ・パウロ教会の前を通りかかると、今度ははっきりと手ごたえがありました。その後、だんだんわかってきたのは、今夜、ここで報じられたコンサートが行われること、50枚だけ当日券が出ること、メゾとテノールの配役が変更になったこと等でした。そのまま当日券の売り出しを待って、一番にゲットしたのは言うまでもありません。
 当夜のプログラムは以下の通りです。

 Alexander von zemlinsky ・・83.Psalm per coro e orchestra

 Luigi Nono・・ Due espressioni per orchestra

  Gioachino Rossini・・ Stabat Mater
  soprano・・・・・・・・・・Mariera Devia
  mezzosoprano・・・・・Elena Zhidkova
  tenore・・・・・・・・・・・Giuseppe Sabbatini
  basso・・・・・・・・・・・・Michele pertusi

 Direttore・・・・・・・・・・・MARCELLO VIOTTI
 Direttore del coro・・・・PIERO MONTI

 4月にしては異常に冷え込む教会でコンサートが始まりました。ツェムリンスキーとノーノの曲が演奏されたあと、いよいよロッシーニの「スタバト・マーテル」が始まります。教会堂の中に響きわたる音楽は、通常のコンサートホールで聴くそれとは全く異なるものと言っていいでしょう。残響が織り成す音の微妙な重なりが身体を貫きました。デヴィーアとペルトゥージは気品のある歌唱を繰り広げ、大好きなガナッシに代わって出演したツィトコワは声も姿も美しい方でした。残念だったのはサッバティーニ、最初から声がザラついていて、ドキっとしてしまいました。最高音もファルセット、疲れているようで心配です。


ナクソス島のアリアドネ 4月5日 15:30 ヴェネツィア マリブラン劇場 指揮 ヴィオッティ 演出 クラン

 Primadonna=Ariadne・・・・ELIZABETH WHITEHOUSE
 Tenor=Bacchus・・・・・・・IAN STOREY
 Zerbinetta・・・・・・・・・・・・SUMI JO
 Arlecchino・・・・・・・・・・・ADRIAN EROD
 Sucaramuccia・・・・・・・・・PATRIZIO SAUDELLI
 Turffaldino・・・・・・・・・・・FRANO LUFI
 brighella・・・・・・・・・・・・・WILFRIED GAHMLICH
 Il compositore・・・・・・・・・ILDIKO KOMLOSI
 Il maestro di musica・・・・PETER WEBER
 Il maestro di ballo・・・・・・HEINZ ZEDNIK
 Un parrucchiere・・・・・・・CLAUDIO OTTINO
 Un lacche・・・・・・・・・・・・PETER DAALIYSKY
 Un ufficiale・・・・・・・・・・・DAISUKE SAKAKI
 Il maggiordonio・・・・・・・・FRANZ TSCHERNE
 Najade・・・・・・・・・・・・・・・ANNA CHIERICHETTI
 Driade・・・・・・・・・・・・・・・MANUERA CUSTER
 Eco・・・・・・・・・・・・・・・・・CHARLOTTE LEITNER

 プロローグは楽屋に通じるドアが奥に控えた空間で始まり、舞台が半回転すると、真ん中に化粧台のある楽屋になります。スミ・ジョーとホワイトハウス以外は初めて聴く方ですが、作曲家を演じたコムロージはなかなかの熱演でした。大勢の登場人物に豪華な身なりの祝宴の招待客も加わって、にぎやかなプロローグ。士官役で日本人のテノールが登場すると、後ろの席からオリエンターレというささやきが聞こえました。
 オペラの場面は、いかにも祝宴の催し物という感じで、アリアドネも木の精・水の精・エコーもわざと芝居がかった演技をします。下手には祝宴の招待客と邸宅の主が座っていますが、お客は中座し、主も居眠りを始めて、やがて誰もいなくなりました。中国風のガウンを脱いだツェルビネッタは、頭に羽根飾り、露出過度のボディースーツ姿。その勇気? に感心し、超絶技巧のアリアには盛大な拍手を送りました。
 舞台奥のカーテンの向こうに姿を現したバッカスが身につけていた甲冑を脱ぎ捨ててシンプルな衣装で登場すると、アリアドネも重い衣装を脱ぎ、3人の精たちが着せたヴェールをまといますが、やがて三つの次元がすべて星で満たされ、一つの天体である地球を背後に恍惚とした二人は宇宙空間に包まれます。最後にツェルビネッタが二人とは別の次元にいることを示すかのように客席に現れました。最前列にいたので、数十センチを隔ててスミ・ジョーの歌が聴けたのは幸運でした。それまでのかなりクサイお芝居は最後を際立たせようという演出家の意図によるものかもしれません。
 今回、ドイツ語圏のオペラを二つ観ましたが、やはり私はベルカント・オペラが好き、というのが本音です。


ジュリオ・チェーザレ  4月6日 18;00 & 4月8日 19:30 ボローニャ テアトロ・コムナーレ
 
 Giurio Cesare・・・・・・・・DANIELA BARCELLONA
 Curio…・・・・・・・・・・・・・MIRCO PALAZZI
 Cornelia・・・・・・・・・・・・・SARA MINGARDO
 Sesto・・・・・・・・・・・・・・・MONICA BACELLI
 Cleopatra・・・・・・・・・・・・MARIA BAYO
 Tolomeo・・・・・・・・・・・・・SILVIA TRO SANTAFE'
 Achilla・・・・・・・・・・・・・・SERGIO FORESTI
 Nireno・・・・・・・・・・・・・・EUFENIA TUFANO

 Maestro concertatore e direttore・・RINALDO ALESSANDRINI
 Regia・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・LUCA RONCONI
 Scene・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・MARGHERITA PALLI

 昨年の10月、L'OPERA誌の付録のCarteloneでこの公演のことを知って以来、渇望していた日がとうとうやってきました。6日と8日のチケットはすでに昨年の11月に予約完了です。出演される方々は両日とも当初の発表と同じで、神仏に祈った甲斐がありました。6日の初日、開幕直前にこの公演のためにミラノから来られたジュリエッタ・シミオナートが紹介され、万雷の拍手を浴びていました。
 残念なことに6日はパルコの4階席しか取れなかったため、ステージは半分しか見えません。幕は最初から開いていて、照明が落とされて場面が転換します。下手奥にオーケストラ、下手前方に通奏低音が陣取り、アレッサンドリーニはステージ上で指揮をしていました。ステージの奥の2枚のスクリーンにシーザーとクレオパトラを題材にした映画のシーンが映し出されます。合唱は最初と最後に入るだけなので、さぞ暇だろうと思っていたところ、どうしてどうして多くの場面で俳優として大活躍でした。視覚的な部分は8日の印象がほとんどですが、煩雑になるので一つにまとめます。最初の合唱がすべての登場人物によって歌われ、いよいよ肩章、房つきの薄墨色を少し濃くしたような軍服に身を固めたチェーザレが戦車上に現れたのですが、ペーザロの「タンクレーディ」以来、いつも聴きたい声だと思っていたバルチェッローナのこの日の出来に頭を抱えてしまいました。音程も不安定だし、声も疲れています。6時という開演時間、初日とシミオナートを前にしての緊張等を勘案しても、意外というほかはありません。
 それにひきかえポンペイオの妻、コルネリアを演じたミンガルドには最初の一声から心を奪われました。ポエニ戦争の英雄、スキピオの血を引き継ぐ者としての矜持と気品、夫を失った悲しみの中にも凛然と立つ姿。最後まで美しい声と演技は完璧でした。息子のセストを演じたバチェッリは容姿が少年役にピッタリ、時に怒りに我を忘れ、時に悲しみに沈み、最後に父の無念を晴らして母にほめられたときに見せる喜びと誇り、とりわけ囚われの身となって引き裂かれる際の二重唱の美しさはなにに譬えていいのやら。
 豪華な女声陣に錦上花を添えたのは、初めて聴くマリア・バーヨのクレオパトラです。ロッシーニのオペラのビデオで知っていただけですが、その声に魅了されたのはチェーザレだけではありません。二幕に至って、数枚の真珠貝を組み合わせた椅子の上で繰り広げられる愛の歌の魔性の響きはチェーザレならずとも、<con abisso di luce,scesero i numi in terra? ー私は夢を見ているのか、神々が現れたようだ>と思わざるをえないものでした。この場面はクレオパトラの映像が2枚のスクリーンに映り、客席に背を向けて端座したチェーザレがそれに見入るという演出です。巧みにつむがれる音色、全身を使った表現のあでやかさ、まさにクレオパトラにふさわしい艶麗な演技! 6日に関して言えば、「GIULIO CESARE}」ではなくて「CLEOPATRA」と銘打つべきでなかったかと思います。
 コルネーリアとクレオパトラという二人の女性の対比も見事でした。セリで出入りするケースが多く、静かな立ち姿が多いコルネーリアが激しい動きを見せたのは、両手を縛られた縄を逆に利用して、エジプト王の首を締め付けながら舞台を横断する場面です。クレオパトラがチェーザレのもとを訪れるときだけは黒いドレスを着た侍女たちに周りを囲まれて静かに登場しますが、それ以外の場面ではセンチ以上もあろうかというハイヒールを履いて走り出てくる姿が印象的でした。
 話が前後してしまいましたが、不調だったバルチェッローナが流石と感じさせたのは、一幕のトローメオの王宮の場面です。追従笑いを浮かべ、両腕を差し出してチェーザレをいざないながら、隙をうかがって王が<Enpio,tu pur venisti in braccio a morte>と傍白するたびに、目に殺気を漲らせ、剣に手をかける王の配下に囲まれながら、不敵な笑みを漏らすチェーザレ! タイトルロールにふさわしい雄姿と歌声でした。
 このときのエジプト兵の動きは見ごたえがありましたし、王の命を奪おうとして失敗し、ハーレムの庭師にされたコルネーリアが目に涙壷をあてがいながら<Deh,piangete,o mesti lumi ーおお泣け、悲しみの目よ>と嘆く場面、戦いに敗れたクレオパトラの侍女たちが一人、また一人、毒蛇に膚を噛ませて息絶えていくさまなど、いまだに目に焼きついて離れないシーンがたくさんあります。戦車や姉弟が奪い合う王座、クレオパトラを載せた褥、あるいはハーレムの庭の樹木など大道具の多くは人の手で運ばれ、その緩急の自在さ、セリの多用など演出面の工夫も緊張感を高めていたことを付け加えておきます。 
 唯一、男声で重要な役をになうフォレスティ(エジプト王の重臣アキッラ)、トルコ帽を脱ぐとスキンヘッドでありながら妙になまめかしいので、ひょっとしたら宦官ではないかと気を回してしまったトゥファーノ(ニレーノ)、なぜかモヒカン刈りのサンタフェ(トロメーオ)、出番は少ないもののきらりと光ったパラッツィ(クリオ)を含めて、高水準の歌唱と演技に接し、2回ではなくて3回,4回と鑑賞できる予定をくむべきだったと後悔したものです。私にとってのこの公演はまさにチェーザレの冒頭の台詞にして史書に名高い<venne e vide e vinse ー来た、見た、勝った>だと思いながら、次の日はルビコン川を越えてプーリアに向かいました。
 8日の終演後、楽屋口で談笑するバルチェッローナの引きつめた髪を解き放ち、183センチの長身を美丈夫に仕立てる衣装を脱いだ姿は、とてもあでやかで美しかったので、わけもなくほっとしてい
ます。


連隊の娘  4月11日 20:45 レッチェ ポリティアーマ・グレコ劇場 

 Marie・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・LAURA GIORDANO
 Tonio・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・JUAN DIEGO FLOREZ
 La Marquise de Berkenfield・・・ANGELA MASI
 Sulpice・・・・・・・・・・・・・・・・・・・PAOLO BORDOGNA
 Hortensius・・・・・・・・・・・・・・・・GERARDO SPINELLI
 La Duchese de Crakentorp・・・PAORA MARRA

 Direttore・・・・・・・・・・・・・・・RICCARDO FRIZZA
 Regia,scene,costumi・・・・・・MASSIMO GASPARON 
 Maestro del coro・・・・・・・・・EMANUELA DI PIETRO 



 最後まで不確定要素が多くて、チケットを手にしたときは夢のようでした。まず、この公演の存在を知って、リクエストのファックスを送ろうとしても、昨年中は受け付けてくれませんでした。やっとファックスの送信ができても梨の礫。2月になって待望の返事がきたものの、ナポリ銀行のレッチェ支店に送金しろとのきついお達し。振り込んでも音沙汰なく、ネットサーフィンを重ねても開演時間さえわかりません。本当に観られるのかどうか半信半疑のままレッチェに向かいました。劇場の前のポスターで開演時間はわかりましたが、ホテルやインフォメーションの方の情報で知った時間になってもボックスオフィスは開きません。結局、午後7時にチケットを首尾よくいただきました。ここのチケット売り場はとてもユニークで、大口を開いた人間の顔が三つ並んでいます。開いたのは真ん中の窓口だけでしたが、大口の向こうにかわいいシニョリーナが座っていました。
 予告では「LA FIGLIA DEL REGGIMENTO」でしたが、行ってみたら「LA FILLE DU RE'GIMENT」でフランス語上演です。芸術監督のリッチャレルリが最前列に座って、9時ごろいよいよ開幕。驚いたのは衣装の豪華さ! 村娘たちはまるでフランス人形、21連隊は20人ぐらいしか兵隊がいないのに、白いマントも美々しい士官が6人。マリーエは紺のビロードに金の肩章付きの上着にパニエでふくらませたスカート。軍曹殿はまるでナポレオンです。侯爵夫人の付人はチワワを抱いています。やがて緑色の上着を着たフローレスが颯爽と現れました。注目の的のラウラ・ジョルダーノは声も姿も可憐で、この役にピッタリ。ウエストの細いことといったら、スカーレット・オハラも真っ青です。フローレスが<友よ、今日は楽しい日>を完璧に歌い終わって満場が沸きに沸いていると、突然、舞台の照明が切れてしまいました。いったん幕が下りて再開されたとき、先ほどのアリアの後半の超高音部分から次につなげていったのは、なんたる幸せ! 興奮のうちに一幕が終わると、今度は客席の電気がつかないというおまけまでつきました。
 二幕でお姫様姿のマリーエがコミカルな演技で笑いを誘ったあと、紺のビロードの軍服に紺のマントのさながら王子様のようなトーニオが連隊の兵たちに続いて現れ、侯爵夫人に切々と訴えるロマンスを歌います。イタリア語版ではカットされることの多い曲ですが、胸にしみる名唱でした。表題役のラウラ・ジョルダーノはまだ22、3歳の若さ。池袋で初めてフローレスを聴いた日を思い出しました。細くてきれいな声がこれからどう成長するか楽しみです。なによりも、その愛らしさ、初々しさに、少々の技術的な不備は消し飛んでしまいます。それなのに、ブーイングをかけた方がおられましたが、これからどんどん伸びていくであろう若い歌手を見守っていくのが大人の態度ではないかというのは甘すぎるでしょうか。「愛の妙薬」状態と伝えられる相手役のフローレスがしっかり守ってくれるでしょうから、余計なお節介かもしれませんね。
 マリーエが結婚を迫られる場面で多くの賓客が現れますが、最初に長い杖で床をたたいて呼ばれた名は、”プリンチペッサ・カチューシャ・リッチャレルリ” 。会場がドッと沸きました。一幕は客席にいた監督自ら、白テンの毛皮で縁取りをしたコートをまとってのご登場です。悲しみをこらえながら、あるいは最後に結婚を許されて喜びにあふれたマリーエが彼女に頼りきった様子を示すのも興味深い情景でした。たった2回の公演に惜しみなく予算を使ったレッチェの劇場関係者に感謝しながら、夢のような夜は更けていきました。
 なお、この日、立ち寄ったオストゥーニで出会ったフランクフルト在住のご夫妻が今日はレッチェ泊だとおっしゃるので、この公演のことをお話ししたら、劇場で出会いました。ポスターに出ていたチケットの販売元に行って、難なくプラテアのお席を買われたそうで、この間の苦労はなんだったのかとも思いましたが、もともとオペラのお好きな方々で、この地でこんなにレベルの高いオペラが観られるとは、と喜んでおられたので、うれしく思っています。余談ながら、王子様とその恋人は私と同じホテルにお泊りだったようです。
        

ブエノスアイレスのマリア 4月13日 バーリ テアトロ・ティーム ミルヴァ 

 劇場に入ってステージの両側に積み上げられたスピーカーを見た瞬間、これはダメだと感じました。機械で増幅された大音響は生理的に我慢できないので、カリスマ的なミルヴァのパフォーマンスもあまり魅力が感じられなかったのは残念です。

2003 海外②

2003年 オペラ 海外編 ②

 6度目のロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル

 1994年、ローマから長距離バスで6時間以上かかって夜のチェントロに着きました。いまはきれいに整備されていますが、当時は薄汚くて、暗いターミナルでしたので、頼んでおいたホテルの出迎えの車と出会ったときはほっとしたものです。今回、7泊したホテル・ロッシーニはその年の4月に開業したばかり、3食付きで1泊約5000円でしたから、うそのようです。あのときの「セミラーミデ」の衝撃がいまだに色濃く残っています。お目当ての一人、「スタバト・マーテル」に出演予定だったデヴィーアにはキャンセルされましたが、ペルトゥージ、スカンディウッツィ、ブレイクなどの歌声に魅せられながら一週間を過ごしました。
 
  その後は家庭や仕事の問題で地団駄踏んで諦めたことも数度。その中で衝撃的だったのはフローレス、そしてバルチェッローナとの遭遇です。バルチェッローナは99年の「タンクレーディ」! フローレスは初来日のリサイタルのときから現在を予測させる魅力を感じていましたが、なんといっても2000年の「チェネレントラ」とベルカント・コンサート! ステージ脇のボックスに陣取ったバルチェッローナやメイが熱烈な声援を送っていたのも忘れがたい思い出です。 
 すでに来年のプログラムも発表され、早くも来年に思いをはせています。

フローレス・リサイタル 8月15日 ロッシーニ劇場          

 正直に告白すれば、初来日のコンサートで第一声を聴いたときから、好きになってしまった声。熱中すると不具合なときに落ち込むのが怖くて、スポーツをはじめ何事にも距離を置くよう心がけていますが、不覚にもとらわれてしまいました。平静に聴くことができないし、あまり語りたくもありません。
 ピアノの上に片手を置いて、せきあげる想いを抑制しながら歌い上げる第一曲、少し固くなっていたでしょうか。モーツアルトに続いて、グルック、マスネー、ビゼーとフランスものが歌われました。この方向に進まれると、個人的には困るのですが、いろいろな可能性を試みていらっしゃるのだと思います。最後にロッシーニが2曲歌われて予定されたプログラムは終わりました。素晴らしかったのは、アンコールの3曲。最後に「愛の妙薬」から"Una furtiva lagrima"が歌われると、私を含めて満員の聴衆の熱気は最高潮に達しました。たぐいまれな資質に恵まれ、精進を続ける輝かしいテノール、その声を聴くと、生きることが楽しくなる存在。長生きしたいなどと変な欲が出てきて、困ってしまいます。
 席はパルコの3階。私以外の方はお仲間らしく、ずっと三脚付きのヴィデオで撮影していましたが、こんなのあり? と思いながら、欲しいなと考えてしまう身勝手な自分がいました。

アディーナ 8月15日・21日 ペドロッティ劇
      
Musica di Gioachino Rossini
Edizione critica della Fondazione Rossini, in collaborazione con Casa Ricordi, a cura di Fabrizio Della Seta

Direttore
RENATO PALUMBO                                                            
Regia                                                                      
MONI OVADIA                                                                
Scene e costumi                                                                
GIOVANNI CARLUCCIO                                                           
Progetto luci
LUIGI SACCOMANDI                                                              
                                                                             
Personaggi Interpreti                                                                 
Adina JOYCE DI DONATO                                                               
Selimo RAUL GIMENEZ                                                                 
Ali SAIMIR PIRGU                                                                      
Mustafa CARLO LEPORE                                                                
Califo MARCO VINCO                                                                  
                                                                                
CORO DA CAMERA DI PRAGA                                                             
Maestro del Coro Lubomir Matl
ORCHESTRA DEL TEATRO COMUNALE DI BOLOGNA

 15日はフローレスのベルカント・コンサートだけの予定でしたが、Fさんのご親切なお勧めがあり、手際よくチケットを買ってくださったので、ペドロッティ劇場に向かいました。99年にも観ているのに、眠かったという情けない記憶しかありません。今回はミラノからの移動その他で疲れているはずなのに、楽しい世界に浸ることができました。まだ20代のヴィンコとベテランのヒメネスが役のうえでは年代が逆転しているのもご愛嬌。ヒメネスもヴィンコも楽しんで演じていて、これといった聴きどころのない曲がすっかり魅力のあるものに変わりました。表題役のディ・ドナートも好演。こうしてペーザロの第一夜は心地よく更けていきました。
 演出はいかにもアラブという雰囲気を出し、中心となった3本のオペラの中では奇をてらわないもの。コスチュームもそれらしいものでした。
 なお、ネット上でご活躍の何人かの方にお目にかかれたのも、とても嬉しい出来事です。
 
 21日 他のオペラは2度目のほうがずっといい出来でしたが、これは最初からよかったので、取り立てて言うほどの違いはありませんでした。座席の位置がプラテア中ほどの端で、すぐそばに冷房の送風口があったので、一転して寒くて困ったのと、全体の流れを知ったうえで落ち着いて鑑賞できたというのが違いでしょうか。
 「L’OPERA」で99年の記事を見つけました。今回と全く同じ舞台装置と衣裳です。出演者もアディーナ・・ペンダチャンスカ、セリモ・・シラグーザ、アリ・・マッシモ・ジョルダーノ、ムスタファ・・デ・カンディアという顔ぶれなのに、ほとんど印象に残っていないのは、柱が邪魔でよく見えなかった、着いた当日、おまけに強烈なハプニングつき、「タンクレーディ」の衝撃と並べ立てて、ボケ度の隠蔽を図っておきます。
   _     
ランスへの旅 8月16日 11:00 パラフェスティヴァル

Cantata scenica
Libretto di Luigi Balocchi
Musica di Gioachino Rossini
Edizione critica della Fondazione Rossini, in collaborazione con Casa Ricordi, a cura di Janet Johnson

Direttore
CHRISTOPHER FRANKLIN
Elementi scenici e regia
EMILIO SAGI
Costumi
PEPA OJANGUREN
Progetto luci
GUIDO LEVI

Corinna ELIZAVETA MARTIROSYAN
Marchesa Melibea MARIANNA PIZZOLATO
Contessa di Folleville EUNSHIL KIM
Madama Cortese SONIA PERUZZO
Cavalier Belfiore FILIPPO ADAMI
Conte di Libenskof JOSE MANUEL ZAPATA
Lord Sidney DAVID MENENDEZ
Don Profondo WOJCIECH ADALBERT GIERLACH
Barone di Trombonok FEDERICO SACCHI
Don Alvaro/Antonio BORIS GRAPPE
Don Prudenzio RAMAZ CHIKVILADZE
Don Luigino DAVID CASTANON
Maddalena ATZUKO WATANABE
Delia SANDRA PASTRANA OCANA
Modestina ULVYYA RASULOVA
Zefirino/Gelsomino DANIELE ZANFARDINO

ORQUESTA SINFONICA DE GALICIA

 最近、恒例になった感のある若い歌手たちによる「ランスへの旅」を観るのは今回が初めてです。パラフェスティヴァルのステージには白い椅子が並び、白い制服を着たテルメの療法士といった感じの人々が準備に精を出しています。出していない人もやがて女主人の督励を受けてというあたり、きびきびと始まりました。女中頭を演じるのは日本人の渡辺さんです。
 バスローブにタオルのターバン姿の湯治客の中ではフォルヴィル伯爵夫人を演じた韓国出身のkimが聴衆の厚い支持を受けていましたが、すべての出演者がのびのびと持てる力を発揮して、気持ちのよい公演。この日も午前中から楽しさに包まれました。
 大晩餐会の場面ではセンスのよい衣裳に身を包んだ女性たちと正装した男性たちが華やかな雰囲気を醸し出すなか、客席の最上部から風船の束を持ち、普段着に王冠をかぶった少年王がステージに向かって降りてくるのですが、あまりかまってもらえず、そこらにある缶入り飲料を飲んでいるのも笑えます。こんな生気に満ちた舞台をこれまで見逃していたのは、少し残念でした。

オリイ伯爵 8月16日・19日 20:30 ロッシーニ劇場

〔追記]
 ここに掲げた感想について、2004年4月にレッジョ・エミーリアで同じ演出の公演を観た結果、多くの勘違い、思い込みがあるのがわかりました。でも、このときはこう思ったのですから、あえて削除したり訂正したりしないで、あえて恥を晒しておくことにいたします。

Opera en deux actes di Eugene Scribe e Charles-Gaspard Delestre-Poirson
Musica di Gioachino Rossini                                        
Editore Casa Ricordi

Direttore
JESUS LOPEZ COBOS
Regia
LLUIS PASQUAL
Scene, costumi e luci
LUCIANO DAMIANI

Personaggi                Interpreti
Le Comte Ory         JUAN DIEGO FLOREZ
Le Gouverneur       ALASTAIR MILES
Isolier                      MARIE-ANGE TODOROVITCH
Raimbaud                BRUNO PRATICO
La Comtesse           STEFANIA BONFADELLI
Ragonde                 NATALIA GAVRILAN
Alice                         ROSSELLA BEVACQUA

CORO DA CAMERA DI PRAGA
Maestro del Coro Lubomir Matl
ORCHESTRA DEL TEATRO COMUNALE DI BOLOGNA

Nuova produzione
In collaborazione con il Teatro Comunale di Bologna

 幕が開くと、赤い紗幕の奥にビリヤードの台とテーブル、豪華なシャンデリアが8個も。正装したプラ
ティコが出てきて、意味ありげな表情で客席を一瞥。戦前の社交界を思わせる優雅な身なりの男女が目隠し鬼さんをやって、フローレスとバンファデッリがお互いの手をつかむ。ステージの奥は真っ赤なカーテン。その前に椅子の列。まず、あっけにとられました。
 主役・準主役の男性はいちおうそれらしい衣裳を身につけてオペラが始まりましたが、女性は社交服のまま。なんだろう、なんだろう、という思いが頭をめぐります。音楽的には素晴らしかったし、フローレスの美声に酔いながらも、演出の意図は消化不良の状態。わかるかな? 脳みその足りない者にはわからないだろう、と試されているようで、その夜はいろいろな場面を思い出して、意味付けを必死で試みていました。パリの社交界の人々が「オリイ伯爵」というオペラをやろうと決めて、実際に演じていくということはわかったのですが、細部にこだわって意味づけをしようとしたのは無駄、とわかったのは2度目の公演を観てからです。
 体調も万全。しかもお席は平土間の1-1。まず、目の前のコントラバスの方と目が合って、ニッコリ。幸先のいい出だしです。2度目は余裕で素晴らしいロッシーニの世界に浸ることができました。16日は少し固さのあったフローレスが、きょうは自ら乗りに乗って、オリイ伯爵を演じる青年になりきっていました。なんの苦もなく発せられる高音、聴いていて幸せになる声です。女性たちは一幕はみんな社交服。その中でアデーレ(フェルモティエ城の伯爵夫人)を演じるボンファデッリは、美しい容姿や優雅なパフォーマンスを含めて、抜きん出た存在感があって、6月のルチアで少し下がった閻魔帳のお点は急上昇しました。
 二幕はステージ前方に椅子が移され、後ろ向きに座った尼さん姿の男性たちに女性たちが楽しげにメイクを施す場面から始まります。口紅で装ったフローレスの可愛いこと。後ろの席のイタリア人のおばちゃん3人組がキャアキャア騒いでいましたが、完全に劇場中が「楽しい!」モード。もう相乗効果でオーケストラも合唱団もそれぞれの役を演じる歌手達も完璧に近い出来。こうなると、あら不思議、すべて納得してしまいました。予定どおり偽尼が来て、予定どおりワインを飲んだり、お祈りをしたり。果ては酔った偽尼さんが黒衣の前を広げて見事な下着ショー! プラティコはあまりにも豊かなお腹を惜しみなく披露し、謹厳なはずの家庭教師殿(マイルズというバス、初めて聴きましたが素晴らしいです)まですっかりその気。フローレスの下着姿なんて、めったに見られるものではありません。最前列が当たったことを感謝、感謝です。初めて出会ったオリイの小姓でアデーレの従兄弟役のトドロヴィチも魅力的。ケルビーノのようなズボン役イメージではなくて、鼻下に髭を蓄えた青年としてタカラヅカの男役顔負けのダンディさ。最後に胸をはだけて黒いブラジャーを見せるおまけつきでした。
 その中で伯爵役の青年とアデーレ役の社交界の花形、小姓役の男性に扮した女性がからむ場面は「演技」なのか、「本気」なのか。銃を構える仕草をした城内の女性の行進、挑戦的な合唱、あるいはワインの瓶が手品のように湧き出るテーブルなど、いろいろな仕掛けがあって、最後に全員がPACEの小旗を手にしてめでたく? 終わります。あの旗、4月にボローニャで1本2EUROで買って、いまも我が家の玄関に飾ってあるのですが・・・。いずれにしても、二度目の「オリイ伯爵」を観たあとは大満足、大興奮でホテルに戻ったのでした。よかった!!
   
チンツィア・フォルテ・コンサート 8月19日 ロッシーニ劇場

セミラーミデ 8月17日&20日 19:00 パラフェスティヴァル

Melodramma tragico in due atti di Gaetano Rossi
Musica di Gioachino Rossini
Edizione critica della Fondazione Rossini, in collaborazione con Casa Ricordi, a cura di Philip Gossett e Alberto Zedda

Direttore
CARLO RIZZI
Regia
DIETER KAEGI
Scene e costumi
WILLIAM ORLANDI
Progetto luci
ROBERTO VENTURI

Personaggi Interpreti
Semiramide DARINA TAKOVA
Arsace DANIELA BARCELLONA
Assur ILDAR ABDRAZAKOV
Idreno GREGORY KUNDE
Azema SONIA LEE
Oroe MARCO SPOTTI
Mitrane GIORGIO TRUCCO
L’ombra di Nino ANDREA SILVESTRELLI

CORO DA CAMERA DI PRAGA
Maestro del Coro Lubomir Matl
ORQUESTA SINFONICA DE GALICIA

Nuova co-produzione con Teatro Regio di Torino, Teatro Real di Madrid, Gran Teatre del Liceu di Barcellona

17日 「セミラーミデ」は私の原点、思い入れの深いオペラです。バールの神の巨大な像をバックに、歌舞伎や黒澤映画を意識した演出でした。衣裳は国籍・年代不詳でしたが、古代アッシリア帝国なんて誰も見たことがないし、合唱団の動きも含めて、音楽とピッタリな様式美の世界は見事なもの。それだけに日本を発つ前にある方から右下の写真や「Giacca e Cravatta」というタイトルのバルチェッローナの写真,、非難轟々という新聞報道などを送っていただいたときはエッと思いました。
 ペーザロに着いても、すでにご覧になった方は批判的な意見の方が多かったので、覚悟を決めて望んだのがかえってよかったのかもしれません。緞帳のないパラフェスティヴァルは入場するとすでにバックに世界地図がみてとれ、序曲の間に上から大きな輪が降りてきて、ドーナツ状のテーブルとなります。どうやらコンクリートの広大な地下室のようで、人々は舞台奥上方の左右の階段を下りてきます。やがておそろいの銀色の長髪、銀色の制服に身をかためた祭祀集団が登場、一矢乱れぬ作法で座を占めると、オローエの声が響きました。続いてありそうでなさそうな民族衣装を着け、ありそうでなさそうな国旗を手にした各国代表に扮した合唱団が現れ、婦人警官のような制服を身につけた女性がシャンパンを配って宴もたけなわになったところで、ターバン姿のイドレーノ、大きな鶏冠状の飾りを頭につけたアッスールが火花を散らし、黒眼鏡のシークレットサービスを従えたセミラーミデが現れます。次に何が出てくるのか興味津々で、あまり腹は立ちませんでした。心配していたクンデはやはり・・・。アブドラザコフは頑張っていました。
 いよいよバルチェッローナの出番です。このところ期待値のほうが上回り気味な場面が多かったので、前線から戻ったばかりという姿で現れ、懐かしげに舞台を一周して、”Eccomi alfin in Babilonia”の第一声を聴いたときの安堵と嬉しさ! パフォーマンスも凛々しく、今度はゲーム台になったドーナツ形テーブルを挟んだアッスールとの対決は迫力十分です。荷物の中の真っ赤なハート付きの封筒はいかにもチャチでしたが。
 結局、時と所については意表を憑く設定が試みられたものの、ドラマの進行に関しては、とくに新しさがあったとは思えません。セミラーミデの侍女たちがフェンシングの練習をしたり、各国代表団がカジノまがいの遊びに興じたり、理解できない場面もありましたが、かなり説明的でわかりやすいといえばわかりやすいのかもしれません。コンピュータがドーナツ形テーブルにずらりと並び、電話その他の媒体による情報の収集、それに反応して慌しく動くIDカードをつけた高級将校や親衛隊、制服に身を固めた女性秘書? たちが一つの権力が崩壊するさまを見せていました。最後にアッスールが黒いベレーに編み上げ靴、後ろ手を組んで、大事な場面でいつも上手の段上に整列していた親衛隊に取り押さえられ、アルサーチェが実の母を手にかけたことを知って苦悩するなか、新王への歓呼の合唱で長いオペラは幕となりました。カーテンコールで圧倒的な声援を受けたのはもちろんバルチェローナ。クンデとアゼーマ役のりー、指揮者のリッツィにブーイングが出たのはしかたのないことかもしれません。なぜこういう設定にしたのかはともかく、ここで観たり聴いたりしたのは、やはり「セミラーミデ」。この曲の持つ凄さを改めて感じました。
20日 「セミラーミデ」の最終日は前の方のお席がいただけました。演出家の手の内はほぼわかったので、音楽に集中できましたが、ここにいたって客席の反応も好意的になり、それが演奏する側にいい効果をもたらしたようです。バルチェローナの深々とした美声がなんと耳に心地よかったことでしょう。クンデもこの日の歌唱に関しては立派なもので、先日のブーイングに替わる喝采を受けて、双つの拳を突き上げて」ガッツポーズ。リーも無難に歌い終わって、バルチェッローナに抱きついて喜びを表していました。この二人がそれぞれの従者を従えて登場する場面だけが、妙に東洋的だったのは、何か意図があるのでしょうか。この日もバルチェッローナは熱烈な喝采を浴び、ここでは初めて板ふみの音も。終わりよければすべてよし、満ち足りた気持ちでホテルに戻りましたが、ペーザロに来て初めて、劇場の外に出たとき、肌寒さを感じました。

スタバト・マーテル 8月21日 21:30 パラフェスティヴァル

Dedicato a Lucia Valentini Terrani

Direttore
ALBERTO ZEDDA
Interpreti
IANO TAMAR, soprano
DANIELA BARCELLONA, mezzosoprano
GREGORY KUNDE, tenore
ALASTAIR MILES, basso

CORO DA CAMERA DI PRAGA
Maestro del Coro Lubomir Matl
ORQUESTA SINFONICA DE GALICIA

 私にとってはペーザロ音楽祭最後のコンサート。94年に同じ場所で同じ曲を聴いたときはテノールのマルチェロ・ジョルダーニが高音で失敗して、ものすごいブーイングを受け、まだ海外のコンサートに慣れないころでしたから、この人、海に身投げしないかと本気で心配した記憶があります。でも、この夜のパラフェスティヴァルは私の音楽祭の最終日を飾る心地よい興奮を与えてくださいました。
 お席も前から2番目、オーケストラ、合唱団に続いて4人のソリストが現れて、目を奪われたのはダニエラ・バルチェッローナの美しさ。昨夜の背広姿とは打って変わって、カールさせた髪、少し濃い目のメイク、とりわけ洗練されたデザインのドレスをまとったあでやかな姿にうっとりしてしまいました。最初に配役を知ったときは、いやだーっ、なんでーっと思ったクンデも思ったよりもずっといい出来(前回、ニースで聴いた日はとくに不調だったのかもしれません)、「オリイ伯爵」で家庭教師役を好演したマイルズは顔面を紅潮させて、素晴らしい歌唱(尼さん姿の下着ショーを思い出すと笑いそうになりましたが)、久々に聴くタマルもいい! そしてバルチェッローナ、第7曲のソロも、ソプラノとの二重唱も心のこもった絶唱でした。合唱団の凄い迫力、ガリシアから来たオーケストラもゼッダの棒のもと、凄い演奏! 心臓がバクバクするほど感動して聴いていた曲が終わると、満場が沸きかえり、ソリストたちは何度、ステージに呼び戻されたか数えられません。床が踏み鳴らされ、拍手が一つにまとまって、シャン、シャン、シャンという音になるのを聞いたのは99年の「タンクレーディ」以来です。周りの男性は老いも若きも声を限りにダニエーラ! ダニエーラ! と絶叫していました。4月のヴェネツィアのデヴィーアやペルトゥージの「スタバト・マーテル」もよかったけれども、この夜はそれを上回る演奏が聴けて、とても幸せでした。

 

2003 海外③

2003年 オペラ 海外編 ③

リゴレット 11月18日 20:30 フィレンツェ・テアトロ・コムナーレ
          
指揮 Favio Luisi 演出 Graham Vick
マントヴァ侯爵・・・・・・ramon vargas
リゴレット・・・・・・・・・・carlos Alvarez
ジルダ・・・・・・・・・・・・Svetla Vassileva
スパラフチーレ・・・・・・Mario Luperi
マッダレーナ・・・・・・・Natela Nicoli
ジョヴァンナ・・・・・・・・Maria Luce Menichetti
モンテローネ伯爵・・・Peter Sidhom
チェプラーノ伯爵・・・・・Alessandro calamai
チェプラーノ伯爵夫人・Antonella trevisan

 耳に心地よく、目に不愉快、というのが正直なところでしょうか。この日はイラクで亡くなったカラビニエーリたちのお葬式の日でしたので、開幕前の黙祷から始まりました。序曲の途中で幕が開くと、二つの円筒を四つに切ったような壁が二枚組み合わされています。その前に置かれたどっしりとしたソファーにリゴレットが座っていて、やがてにやりと笑いました。手前のパネルが動いて、内側のパネルが見えると、その前に等間隔に椅子が並んでいて、それぞれ派手な衣装をまとった女性が座っています。どうやらマントヴァ公爵の餌食になった人たちらしく、いちばん手前の女性がチェプラーノ夫人。内側のパネルが180度回転すると、室内となり、お定まりの乱痴気騒ぎが始まります。人々の服装や室内の様子は、少なくともルネサンス時代のものではなく、長髪に革のコート、長靴、女性は長いスカートでした。
 リゴレットがスパラフチーレと出会う場面はパネルが客席に向かって凸、半回転して凹になると、ジルダの部屋と中庭があって、大きなリンゴの木が一本。冒頭のソファーとリンゴの木が演出上のキーワードになっているようです。ジルダの部屋の壁にはリボンを使って書いたMAMMAという字が掲げられ、聖画や十字架など、信仰を象徴するもので埋められています。家に戻ったリゴレットは衣服を脱いで、ジルダが肌を拭いますが、赤黒く気色ばんだ瘤、ぶよぶよとたるんだ肌、ここまで醜くするか、見たくない、という感じでした。<Caro nome>は、リンゴの木に梯子をかけて、果実をもぎながら歌われ、もぎたてのリンゴに口づけをして幕。以下、パネルの回転で場面が転換し、再びリゴレットの家になると、へし折られたリンゴの枝が散乱し、実はほとんどなく、MAMMAはMMAだけ、ロザリオも聖画も十字架も消え、剥きだしになった壁にTroiaという文字が書きなぐられています。これは古代都市の名前かもしれませんが、子豚を生ませるための牝豚、さらにもっとひどい意味もあります。
 いちばん嫌だったのは第二幕。女性たちがまるで昆虫標本のように壁に吊るされ、うなだれています。高い位置で浅く腰掛ける格好になっていましたが、パネルが回転して次の場面に移っても、そのまま長い時間じっとしていた一番端の方に同情してしまいました。次の場面がひどい! ジルダが連れてこられると、お祭り騒ぎ。一人の男が二幕の冒頭から置かれていた大きな鏡をベッドに向けると、場面は寝室の外に変わりますが、パネルにたくさんの覗き窓が現れ、リゴレットの歌を無視して、男たちは覗きに夢中。下手には、じかに見物して騒いでいる下品な人々。これ以上、思い出したくありません。娘を持つ親として非常に不愉快でした。
 第三幕のスパラフチーレの家は、傾いた床の下に切り倒されたリンゴの木が積み重ねられています。ここでも二枚のパネルがうまく使われていました。ジルダは、黒髪をお下げに結い、薄いブルーのドレスをまとった姿から一転して、金髪のモダンな髪型、裾がビラビラしたピンクと黄色のドレスをまとい、メイクはバッチリ。標本のように宙吊りになっていた女性たちと全く同じ雰囲気に変貌しています。最後はコートと帽子の少年の姿で登場しますが、扉が開けられるや否やパネルが回転して、音楽だけが響きました。気が小さくて残酷な場面は見ていられないので、ここだけは大賛成です。冒頭のソファーは、つねに意味ありげに存在し続けましたが、引き幕の前にポツンと置かれたソファーにジルダを座らせたリゴレットは、娘が息絶えたのを知って、その身体を床に落とし、椅子を蹴り倒して暗闇に向かって走り去っていきます。場面転換は見事ですし、新しい解釈もわかるのですが、下品さ、悪趣味が不愉快で、初日の観客が演出家を拍手で受け入れたのには驚いてしまいました。
 最初から、この方の歌が聴きたいと思っていたカルロス・アルバレスは、ブラヴォです。肉体の醜さと声の美しさのなんという乖離でしょう。大きなソファーが象徴するリゴレットが大切にしてきたものをすべて奪われたあとの心の闇がひしひしと迫ってくる熱唱でした。昨年のボローニャの来日公演で初めて聴いたときは、期待過剰のせいか、私のイメージするリッカルドとは少し違うと思いましたが、真価を見届けた思い。今度はノーブルな役でもっともっと聴いてみたい方です。
 ラモン・ヴァルガスは、いつも安心して聴けます。高音もきっちり出ました。アリアも丁寧に歌われました。でも、手下どもがあんなに悪いから、親分は大悪人のはずなのに、狡賢い小悪党にしか見えません。
 悪党の持つオーラという点では、スパラフチーレを演じたマリオ・ルペーリは、丸刈り頭の長身で、声も迫力があります。
 肝心のジルダですが、膜が一枚かかったような部分があって、美しい高音に酔いしれるというところまではいきません。初日のせいか緊張しているのがありありとわかりました。でも、ただ清純なだけのジルダではない難しい演出によくこたえていたと思います。

 追記
 新聞の評によると、衣装はルネッサンスと現代を混ぜ、わざと時代設定を排したことで、無時間を演出したそうです。

イ・マズナディエーリ(群盗) 11月21日 20:00 テアトロ・コムナーレ・ディ・ボローニャ               

 指揮 Daniele Gatti  演出 Elijan Moshinsky
マッシミリアーノ・・・Giacomo Prestia
カルロ・・・・・・・・・・Giuseppe Gipari
フランチェスコ・・・・Roberto Frontali
アマーリア・・・・・・・Fiorenza Cedolins
アルミニオ・・・・・・・Massimiliano Tosini
モーセル・・・・・・・・Marco Spotti
ローラ・・・・・・・・・・・alessandro Vatchkov

 劇場の前はポリツィアだらけ。20人はいたでしょう。この日はシーズン開幕の日だったので、いつもとは全く雰囲気が違います。ザルツブルクか、と思うような豪華なドレスのご婦人が続々と車を乗り付け、その華やかなこと。ここでも開幕の前に指揮者のガッティが舞台の上に現れて、短いコメントを述べたあと全員で黙祷。次にピットでトランペットの葬送の曲が流れ、最後にイタリア国歌が演奏されました。偉い人がロイヤル・ボックスにいるらしく、カメラマンがひとしきり活躍したあと、ようやく開幕です。
 このオペラは高名な永竹氏が『オペラ名曲百科』の中で「全体として見るとどうもいただけない」と評されているように、あまり評判がよくありません。でも、何種類かの録音を聴いた限りでは、そんなに酷くはないし、チェロのソロが入る前奏曲が好きなので、一度、ナマで聴いてみたいと思っていましたが、やっと機会を得ることができました。
 半透明のガラスあるいはプラスティックの板が張られた粗い格子状の大きなパネルが回転すると次の場面になるという点では、フィレンツェの「リゴレット」と同じアイデアです。コモの「オルフェオ」も大道具が回転して場面が変わりますから、一種の流行かもしれません。そのなかでは、いちばんシンプルで道具類も最小限度。上から釣り下がってくるシャンデリアなどで、わずかに城内であることを推測させる程度です。衣装は時代と場所をなぞったもので、全体として重厚で沈鬱な雰囲気をよく表現しています。4幕のオペラが一度の休憩を挟んで二幕ずつ続けて演じられました。 
 入場するときに、ファビオ・サルトリに代わって、ジュゼッペ・ジパーリがカルロを歌うという紙をもらって、開幕そうそうアリアがある役ですし、大丈夫かなと少し危惧していました。ところがどうして、立派な代役です。名前はイタリア人のようですが、アルバニア出身だとあとで在住のテノール歌手の方に教えていただきました。上背もあり、4階のパルコから見下ろした限りでは、なかなかの好青年です。私の好きなタイプの声なので、これをチャンスに伸びていってほしいと密かに声援を送っています。
 フランチェスコ役のロベルト・フロンターリは、何度も聴いた方。声量もあり、いつも危なげのない歌唱を聴かせてくれますが、どこか物足りない、悪役なのにあまり憎らしくない、と感じてしまいます。イヤーゴのような徹底したワルではなく、次男として、しかも醜く生まれてきたために、屈折した近親憎悪にかられながら、自らの罪に怯える弱さを持ったフランチェスコという役は、かなり難しそうですが。
 第三場でやっと注目のチェドリンスがアマーリアに扮して登場します。声の疲れに対する懸念を複数の方から伺っていましたが、確かに自在に声を操り、ピアニッシモでため息の出るような美しさをつむぎだしていた絶好調のころと比べると、あれっ、というところはあります。最初は、はらはらさせられたのも事実です。でも、舞台の上の存在感、表現の巧みさには心をひかれました。声を大切にして、長く活躍してほしいと願わずにはいられません。むくつけき群盗どもが出没するなかで、唯一の女性。やはり華のある方です。
 白髪の老伯爵を演じたジャコモ・プレステアは、若いバス。立派な声の持ち主で、これまた将来が楽しみです。いまにも息が絶えそうな老人なのに、若々しい元気な声で歌っていましたが・・・。
 ちょっと驚いたのは幕切れです。リブレットとも、シラーの原作とも違って、最後にカルロは仲間の手によって射殺されます。首領に縄目の恥を負わさないようにという情けかもしれませんが、倒れたカルロに渾身の力でにじり寄っていく老伯爵がなんとも哀切でした。
 閉幕後、2階でパーティがあるらしく、4階から降りる私たちとプラテアから上がってくるきらびやかな身なりの人たちがぶつかって、動きがとれなくなったのは一考の要ありです。いずれにしても、満足してすぐ近くのホテルに戻れて幸せでした。

ホフマン物語 11月22日 ウィーン国立歌劇場 

 指揮 Micharl Halasz
ホフマン・・・・・・・・・・・Giuseppe sabbatini
ニクラウス・・・・・・・・・・Cornelia Salje
オランピア・・・・・・・・・・Ekaterina Siurina
ジュリエッタ・・・・・・・・・Eliane Coelho
アントニア・・・・・・・・・・Simina Ivan

リンドルフ
コッペリウス
ミラクル
ダペルトゥット
       以上4役・・Tom Fox
アンドレ
コシュニーユ
フランツ
ピティキナッチョ
       以上4役・・Herwig Pecoraro

 「ホフマン物語」と「オルフェオ」はナマで観るのは初めてです。登場人物も多く、演出も非常に手が込んでいました。物語も多岐にわたるこのオペラを語る能力はありませんので、簡単な印象を述べて、お茶を濁させていただきます。円錐台を横たえたような灰色の舞台、床は奥から手前に向かって傾斜していて、中央でホフマンが机に向かって詩作にふけっています。ミューズが登場、バレリーナが舞い、<クラインザックの物語>が歌われました。
 第一幕でオランピアを歌ったSiurinaは、ウィーン国立歌劇場初登場。コロラトゥーラのアリアを見事に歌って、大成功。ゴンドラのような飾りを持つ長椅子のうえで繰り広げられる第二幕は、暗い場面が多いなか、満天の星と橋の上の明かりがきらめき、舟歌が響いて幻想的で美しいヴェネツィア。ただただ圧倒されてしまいました。シュレーミルの役でEijiro Kai氏が初登場し、気品のある声で全身真っ白の「影のない男」を演じられたのはうれしいことでした。第三幕でアントニアを演じたIvanも可憐な美声。3人のソプラノの競演は、またとない贅沢です。
 タイトルロールを務めたのは、サッバティーニ。初来日のときから聴いていますが、この日は最近では最も優れた歌唱と演技だったと思います。幕切れは冒頭と同じ部屋でものに憑かれたように詩を書き、投げ飛ばした紙をミューズが一枚一枚拾って終わります。
 飛行機の遅延で少し疲れていましたが、すごいものを聴いてしまったという興奮で熱くなりながら、小雨降るグラーヴェン通りを歩きました。ウィーンに来るのは4年ぶり。前回は2本のオペラが2本ともガッカリさせられて、しばらく足が遠のく結果となりましたが、イタリアのオペラとは違った音、違った世界を改めて知って、どうも困ったことになりそうです。

夢遊病の娘 11月23日 16:00 ウィーン国立歌劇場

指揮 Stefano Ranzani

ロドルフォ・・・・・・・・Egils silins
アミーナ・・・・・・・・・Stefania Bonfadelli
エルヴィーノ・・・・・・Juan Diego Florez
リーザ・・・・・・・・・・・Bori Keszei
アレッシオ・・・・・・・・Hans Peter Kammerer
 
 すべて上掲の写真の場所でドラマが展開します。花婿姿のエルヴィーノは最初からピアノの前に座り、ピアノの上には黒いリボンをかけたマンマの写真。大きなガラス戸の外にアルプスの峨々たる白嶺がそびえ、サロンの奥には小さなステージ、向かって右にバー、中央のテーブル花が飾られ、祝宴の準備が進んでいきます。やがて白いエプロンをつけたメイド姿のアミーナが目隠しをされた状態で母に手をひかれて登場し、みんなに祝福されながら、左端に見えるウェディングドレスに着替たあとは、ほぼ常識的な設定です。夜になって、置き忘れた豪華な毛皮のコートを取りにきた伯爵をリーザが誘い、片方の靴下と靴を脱がされたときに、アミーナがガラス戸から入ってきます。その後、よくご存知の騒動があって、怒ったエルヴィーノが戸を開け放つと、激しく降り込んだ雪が室内を舞うなかで一幕が終わりました。
 二幕になると、雪が部屋にうず高く積もり、なぜかグランドピアノがひっくり返っています。病気が再発したアミーナは室内に積もった雪の上を歩くだけで、水車はありません。前夜と同じ状況が人々の目の前で再現され、エルヴィーノがすべてを知って、めでたし、めでたし。
 ちょっと意表をつかれましたが、田舎の青年ではなくて、きりりと正装した水もしたたるマザコン気味の美青年という設定は、最初からフローレスを意識した演出に違いありません。少し緊張気味ながら、丁寧に歌いだされる第一声から絶好調! ロッシーニのオペラのように超絶技巧を披瀝して聴衆を魅了するというのとは少し違うベッリーニ、どういう歌唱が聴けるのかとドキドキしながら待っていたら、なんの苦もなく迸る美声。お陰さまで酔わせていただきました。今年4回聴いたボンファデッリも、そのなかでは最高の出来。神経症的に身体をゆするのは演技なのか地なのか、あまり美しくないと思っていましたが、伸び伸びと歌っていて、まずは一安心。ロドルフォを演じたバリトンは、初めて聴きました。スカンディウッツィのロドルフォがいまだに忘れられない私ですが、豪華な毛皮のコートを着こなした偉丈夫。大好きなアリアがしみじみと歌われて、すべて大満足。こういう寸分の隙もないベッリーニは、めったに聴けません。改めてウィーンの実力に脱帽です。
 昨日は4階のパルコ、今日は平土間。さすがにウィーンは日本人が多く、隣席はデュッセルドルフから列車で来られた方でした。

コジ・ファン・トゥッテ 11月25日 トリエステ ジュゼッペ・ヴェルディ歌劇場                                              

指揮・・Paolo Olmi 演出・・Carlo Battistoni
Fiordiligi・・・・・・・Eteri Gvazava
Dorabella・・・・・・Terese Cullen
Ferrando・・・・・・Mark Milhofer
Guglielmo・・・・・Markus Werba
Despina・・・・・・・Jannette Perry
Don Alfonso・・・Alexander Malta

 ストレーレルの演出プランに基づいているので、3年前に日生劇場で観たミラノ・ピッコロ座の公演と全く同じ演出・美術・衣装です。キャストも同じ方が3人いると思っていたら、フィオルディリージ役は変更。こういう言い方をすると申し訳ないのですが、オペラそのものよりも劇場とトリエステという街、さらに初めての天井桟敷に興味がありました。懸念していたようにキャスト、とくに男性は日生のカウフマンとリービスに比べて聴き劣り、見劣りします。お洒落で、切れのよい動き、スカッとするアリアがありません。ただ一人、ドラベッラ役のCullenの健闘が目立ちました。
 それは最初からある程度予測していたことですから、もっぱら劇場の雰囲気や天井桟敷そのものを楽しみましたが、イタリアでも有数の美しい劇場です。天井桟敷といっても8列になった階段状の座席が並んでいて、100席はありそうです。舞台もよく見え、音も申し分ありません。これで16Eは安いと思いました。周りはいかにもオペラ好きといったご夫婦や若い人たち。寛いで鑑賞できて、なかなか結構です。
 終演後、イタリア統一広場を通ってホテルに戻りましたが、ライトアップされた広場のスケールの大きな美しさは、ほかに例を知りません。足元に埋め込まれた青い光を発する小さな照明の列と白い壁を夜空に際立たせるどっしりとした建物、こんな美しい広場に立っていること自体が信じられませんでした。

黒いドミノ 11月27日 マリブラン劇場  指揮 ミンコフスキィ 演出 ピッツィ
 
Angele・・・・・・・・・・・ Veronica Cangemi
Brigitte・・・・・・・・・・・ Rosita Ramini
Jacinthe・・・・・・・・・・ Giovanna Donadini
Horace・・・・・・・・ ・・・Simon Edwards
Juliano・・・・・・・・ ・・・Nicolas Rivenq
Gli Perez & Ursura・・Filippo Morace
La touriere・・・・・・・・Silvia Posini
Lord Elfort・・・・・・・・・Federico Sacci
  
 めったに上演されないオペラですから、簡単な筋書きを書いておきます。間違っていたら、フォローしてください。役名の正しい読み方をBowlesさんに教えていただきました。

 第一幕
  マドリードで1年1回だけ開かれる王妃主催の仮面舞踏会に、見習修道女で王妃の従妹のアンジェルとその親友のブリジット(ゥ)がドミノと仮面に隠れてやってくる。1年前に出会ったオラスとアンジェルは密かに恋心を抱き、再会を心待ちにしていた。オラスは将来の夢を語るが、アンジェルは明日、修道院長に就任することになっている。オラスの友人ジュリアーノのいたずらで一緒に帰る約束をしていたブリジットが先に帰ってしまい、二人が会っていた部屋の時計が1時間遅らされていたことを知ったアンジェルは、悲痛な叫びを残して駆け去る。
 第ニ幕
  夜のマドリードをさ迷ったアンジェルは、とある館に助けを求め、家政婦は自分の姪に化けさせる。なんとそこはジュリアーノの屋敷で、やがて友人を引き連れた屋敷の主が戻り、アラゴン娘に変装したアンジェルはアラゴンの歌を歌う。そこに現れたオラスは、アンジェレであることを察し、もう一度会う約束をする。家政婦の恋人のジル・プレは修道院の門番。彼を黒いドミノ姿で脅かして鍵を手に入れたアンジェルは再び闇の中に消える。
 第三幕
  ブリジットは戻ってこないアンジェルの身を案じている。手に入れた鍵で修道院に戻ったアンジェルはキリストの花嫁になる決心をするが、そこに現れたのがオラスとその友人たち。王妃の手紙が届いて、自由の身になったアンジェルとオラスは結ばれ、かねて院長の座を望んでいたウルスラは大喜び。華やかな踊りと歌で幕。

 インターネットがきっかけで知り合った畏友に教えていただいた公演です。楽しかったという点では堂々の第一位。この日の主役はなんといっても指揮者のミンコフスキィ。上手寄りの2層目のパルコの前列でしたので、指揮者の動きを観るには絶好のポジション。時には客席との間の仕切りに後ろ手を置いて身体を支え、ほとんど踊りながらの指揮ですから、舞台の上も客席もヴォルテージが上がらないわけがありません。それに色を添えたのがお洒落なピッツィの舞台。といっても色自体は白と黒が主体で、3幕には僧衣として紫が加わり、あとは少量の赤と極めて絞られていましたが、階段を巧みに使い、幕ごとに替わる趣味のいい吊り物が雰囲気を出して、効果的に、しかも低予算で、いかにもそれらしい場面がつくられます。
 事前に聴かせていただいたCDは台詞が入っていましたが、この公演は台詞はありません。聞き覚えたメロディとは異なった部分もありましたので、別のスコアが使われたのでしょうか。全幕を通じてダンサーによる踊りがたくさん入りました。おそらく音だけ聴いたのでは、この楽しさは伝わらないと思います。
 主役を演じた方々も歌唱力よりは踊りも含めた表現力を重視して起用されたのではないでしょうか。とくに修道院長就任を明日に控えた名門出のうら若いヒロインを演じたCangemiは幕ごとに違った役づくり。一幕では一年ぶりに再会した恋しい人に艶やかに迫り、二幕ではアラゴン娘に化けて、「セヴィリアの理髪師」のアルマヴィーヴァ扮する偽音楽教師よろしく作り声で歌います。ここまではテンポの速さと聞き込んできたスミ・ジョーの歌唱との落差に戸惑っていたのですが、三幕で純白のドレスに金の十字架を下げ、神の花嫁となる決心をしたあとで歌われるアリアの清らかさにすっかり感動してしまいました。
 恋人役のシモンは歌も動きもいささか締りがありません。でも、引き立て役としては立派です。その友人役のニコラスだけは一度、聴いたことがありますが、ダンスのセンスがよくて、プロと一緒に踊ってもさまになっていました。
 また、CDでは女性が歌っていた修道院長の地位をひそかに狙う古参の修道女の役を、二幕で家政婦の恋人役を務めたバリトンが女装して演じます。2日だけブルノ・プラティコがこの役を演じるようですが、さぞ笑わせてくれることでしょう。この日、歌ったフィリッポ氏もなかなかの名演で、念願の修道院長の地位が転がり込んで有頂天になって、美々しいケープ(マント?)を着込んで派手に階段から転げ落ちる場面など、大したものです。 
 一度の休憩を挟んで2時間で終わりましたから、1時間40分ぐらいの長さでしたが、軽やかで艶やかな絶妙のリズムとテンポ。終わったあとも、身体が揺れ、耳に音楽が鳴り続けていました。
 余談ですが、最初にパルコに行くと、謹厳な紳士が一人。うわっ、肩が凝りそうと思いながら、しばらく台本のコピーに目をやっていました。そこへご夫婦の方が現れ陽気な奥様が「私たちアイルランドから来たの。あなたはどこから?」「日本です」「えっ、私たち、去年、サッカーのワールカップで5週間も日本にいたのよ。とても素敵でファンタスティックな国ね。ところで、あなたはどこから?」。紳士はおもむろに「オーストリアです」。今度は私の番。「えっ、私、22日と23日にウィーンでオペラを観たんです」。ここでにわかに打ち解けて三つ巴で話が弾みました。ところが、奥様は途中で咳が止まらなくなって、二回、中座したあと、だんな様を連れて帰ってしまいました。
 今度は幕間。ウィーンで何を観たかと聞かれて、「ホフマン物語」と「夢遊病の娘」と答えたら、「『夢遊病の娘』は4回観た。フローレスが素晴らしいので、今年の夏はペーザロに初めて行ったよ。来年も行くつもりだ」。また、えーっ! です。同じようにイタリア各地を歩いて、前後して同じものを観ていました。その方が「今夜のオペラは実に楽しかった。ロッシーニのブッファとオペレッタの両方がミックスされた感じだ」と言っておられましたが、ほぼ同感です。
 こんなに素敵なオペラなのに、なんということでしょう。客席は多目に見ても7分の入り。オーストリアから来られた方も、ネットでは売り切れ、劇場に問い合わせても売り切れ、と言っておきながら、来てみると空席がたくさんある場合が多い、と憤慨しておられましたが、いったいどういうことなのでしょうか。

オルフェオ 11月29日 20:30 テアトロ・ソシアーレ
指揮・・オッタヴィオ・ダントーネ  演出・装置・衣装・・マッシモ・ガスパロン
 
 Orfeo・・・・・・・・Furio Zanasi
 Euridice・・・・・・Elisabetta Scano
 La Musica・・・・Elisabetta Scano
 Messaggiera・・・Sonia Prina
 Speranza・・・・・Sonia Prina
 Caronte・・・・・・Paolo Buttol
 Plutone・・・・・・Sergio Foresti
 Proserpina・・・・Gloria Banditelli
 Ninfa・・・・・・・・Gloria Banditelli
 Apollo・・・・・・・Mirko Guadagnini
 Pastore Ⅰ・・・Mirko guadagnini
 Pastone Ⅱ・・・Riccardo Barattia
 Pastone Ⅲ・・・Roberto balconi
 Pastone Ⅳ・・・Sergio Foresti

 客席と同じ床にオーケストラの方が座を占めて、隔てるものは何もありません。指揮者も正面の出入り口から登場して、チェンバロを弾きながら片手で指揮していました。美術面を担当したガスパロンはトリエステ歌劇場の来日公演の「タンクレーディ」を手がけた方ですから、ご覧になった方は記憶に新しいことと思います。最初の場面は半円状の白いパネルの上で音楽の神が歌い、妖精に扮したバレリーナが金色のラッパを手に優雅に舞います。パネルが回転すると、内側は左の写真のように階段状になっていて、ギリシャ・ローマの劇場のイメージです。パネルの外側は冥界の場面では蛇にさいなまれる人間の浮き彫りを施したオドロオドロしいものに変わりました。これまで観たガスパロンの舞台に比べて、抑制が効いていて、合唱団の動きも非常に優雅。視覚的には見事です。 
 指揮者も古楽器を演奏する方も若い方が主体で、ひたむきな音楽への接し方を清々しく感じました。歌手もずば抜けた力量の持ち主はいないとしても、真摯な歌唱とアンサンブルのよさが楽しめます。真ん中の写真に見える場面のあと、眠りこけたカロンテの船に乗って、オルフェオは冥界に渡ります。冥界の王は、紅白歌合戦のどなたかが着たような身長の何倍もの長さの衣装を着て、大きさを強調していたので、直立不動でしたが、堂々とした歌唱でした。牧人たちのソロや合唱もなかなかのもの。ただ、女性の出演者は髪形も決まっていたのに、男性は普段のままで出てきていたのが、豪華な衣装にふさわしくないという感じがします。

セミラーミデ 11月30日 15:00 テアトロ・レッジョ     

指揮・・Riccardo Frizza 演出・・Dieter Kaegi
 semiramide・・・・Darina  Takova
 Arsace・・・・・・・Ursula Ferri
 Assur・・・・・・・・Michele Pertusi
 Idreno・・・・・・・Bruce Howler
 Azema・・・・・・・Anna Dragan
 Oroe・・・・・・・・Mirco Palazzi

 8月にペーザロで観たばかり。あまり評判がよくなかった演出にもかかわらず、なぜトリノまで来たかというと、アッスール役がペルトゥージに替わったからです。少し古い話になりますが、ホールオペラの「イル・トロヴァトーレ」のフェルランド役で初来日したときの第一声を聴いて、もっともっとこの声を聴きたいとペーザロまで行ったのが1994年の「セミラーミデ」。どうしてもこの方には特別の思い入れがあります。結果はというと、ブラヴォー! ブラヴォー! ブラヴォー! とくに、第二幕第一場でのセミラーミデとの対決、第四場の狂乱のアリア! 昨年の「ルクレツィア・ボルジア」でも感じましたように、歌唱力だけではなくて表現力の凄さにも手に汗を握りました。
 ステージがペーザロより狭いので、後ろの階段はありません。上から降りてくる動きがたくさんあったのが、すべて水平移動になった以外は、全く同じ舞台です。気のせいかもしれませんが、照明は進化していたように思います。
 8月はバルチェッローナが素晴らしかったので、さぞやりにくいでしょうね、と思っていたアルサーチェ役のフェッリは堂々たる体格の持ち主。そのせいか、軍装を脱いだあとは8月のオフホワイトではなくて、黒っぽいスーツ姿でした。声はブラヴァー。高音は身体に似合わずかわいらしく、低音はよく響きます。ただ、動きとなると、バルチェッローナの颯爽とした演技が焼き付いていますので・・・・。
 イドレーノを歌ったHowlerはすらりとした好青年ですが、残念ながら技術的にも声そのものもこれからの人。何度もはらはらさせられてしまいました。
 タイトルロールを演じたタコヴァだけが夏と同じ。最初に「体調が悪いが、頑張って歌う」というアナウンスがあって、心配しましたが、私の耳にはむしろ夏よりもよく聞こえました。いまこの役を歌える方がほかにいらっしゃるでしょうか。
 気になったのは、銀髪の合唱団の動きです。ペーザロでは円いテーブルを囲んで座るときも一糸乱れぬ小気味よさがありましたが、こちらはかなりばらばらでした。女性も含めて、合唱団のパフォーマンスはペーザロのほうが一歩抜きんでています。
 またしても余談ですが、ネットでチケットを買うと、周りは遠方から来た方が多いのが通例です。地元の方はネットで買う必要はありませんから、当然といえば当然ですね、この日の隣席はピサから4時間かかって車を飛ばしてきたという二人づずれの男性でした。そうとうなオペラファンで、これまでに観たオペラは何百と言われていました。1月のジェノヴァの「湖の女」も行かれるそうです。困ったことに、演奏中に指揮をするは、歌うは、身体をゆするは・・・。その方が幕間に「4000年前でも、バビロニアでもない。音楽はいいのに残念だ」と嘆いていましたが、最終日のトリノの観客はペルトゥージとタコヴァに大喝采を送り、表立って演出に不満を漏らす方はおられませんでした。これで私のオペラ鑑賞も最終日、マチネが終わって外に出ると、また雨でした。

2003 国内

2003年 オペラ 国内編

コジェナー・リサイタル 1月19日 武蔵野文化会館

モーツァルト・ガラコンサート 2月10日 オペラシティコンサートホール

イタリアのトルコ人 3月7日・9日 東京文化会館 指揮 ベニーニ 演出 ピッツィ
  デヴィーア、ヴィンコ、ヒメネス、レガッツォ、フロンタル

ノルマ 4月25日東京文化会館 指揮 レック 
 グルベローヴァ、ラ・スコラ、カサロヴァ、オルフィラ、レヤヴォヴァ、キツェク 
ルチア 6月4日・8日 指揮 オーレン 演出 チャバッティ
 ボンファデッリ、アルバレス、ヴィヴィアーニ、ベローニ、スリアン

タンクレーディ 6月5日・7日 アッリヴァベーニ 演出 ガスパロン
 ワークマン、マッシス、バルチェッローナ、ウリヴィエーリ、ザラメッラ、ピーニ

ノルマ 7月1日 東京文化会館  指揮 カレッラ 演出 ジャッキエーリ
 ヴェントレ、ザネッラート、テオドッシュウ、パラチオス、カルデローネ(クロティルデ)、ブリスケット(フラーヴィオ)

ノルマ 7月6日  東京文化会館 指揮 カ11月30日 レッラ 演出 ヴェントレ
 ザネッラート、テオドッシュウ、パラチオス、グイダ(クロティルデ)、パーチェ(フラーヴィオ)

ノルマ 7月28日・31日 新国立劇場 指揮 カンパネッラ 演出 デ・アナ
 チェドリンス、パラチオス、ラ・スコラ、スーリアン

アイーダ 9月21日 新国立劇場 指揮 オーレン 演出 ゼッフィレッリ
 フラタルカンジェリ、フラッカーロ、コロンバーラ、堀内

ロメオとジュリエット 10月10日18:30 東京文化会館 指揮 ボエーミ 演出 ジョエル
 サッバティーニ、ボンファデッリ、ラポァントゥ、ボウ、フロンタル 野田ヒロ子

ヴェルディ・レクイエム 10月15日 NHKホール 指揮 シャイー
 レミージョ、マリア・ホセ・モンティエル、市原、コンスタンティノフ 

フィガロの結婚 10月19日 新国立劇場

エウゲーニ・オネーギン 11月12日 東京文化会館 指揮 ゲルギエフ 演出 レゼール&コーリエ
 ヴォルコワ、マタエーワ、エフスタフィーエワ、アキーモフ、ホロストフスキー、キート

戦争と平和 11月15日 NHKホール 指揮 ゲルギエフ 演出 コンチャロフスキー
 ホロストフスキー、マタエーワ、ブルィチェワ、ロスクートワ、キート、グリゴリアン、アレクサーシキン


2003年のベスト5
 ジュリオ・チェーザレ    4月8日 ボローニャ
 オリィ伯爵          8月19日
 ノルマ(ラ・ヴォーチェ)   7月31日
 戦争と平和         11月15日
 夢遊病の娘         11月23日

2004  海外①

2004年 オペラ 海外編 ①

  
 今回初めてマドリッドのテアトロ・レアルのチケットをネットで買いました。劇場のHPから入って(英語のページあり)、クレジット・カードの番号とメールのアドレスを入力し、Confirmation printoutをクリックすると、座席の位置が示された確認書が出てきます。名前や住所等も不要で、これまでネットでチケットを買ったあらゆる劇場の中でいちばん簡単でした。しかも手数料は2ユーロです。午後4時以降にチケット売り場の手前のモニター付きの装置に、申し込みのときに書き込んだ番号と同じ番号のクレジット・カードの磁気面を滑らせると、チケットがポトリと出てきます。確認書は全く不要です。3日続けて観る予定で申し込んでいたら、3枚が一度に出てきました。このカードをなくしたらどうなるのでしょうね。キャストやあらすじを書いたパンフレットは案内係が無料で下さいます。
 
     

テンダのヴェアトリーチェ 4月1日 20:00  アルインボルディ劇場(ミラノ)

 Direttore            Renato Palumbo
 Regia
 Scene             Pier’Alli  
 Costumi

 フィリッポ・マリーア・ヴィスコンティ・・・・・Anthony Micheels Muare
 ベアトリーチェ・ディ・テンダ・・・・・・・・・・・Mariella Devia
 アニェーゼ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Adriana Danato
 オロンベッロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Jose bros
 アニキーノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Fulvio Oberto
 リッツァルド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Alberto Fraschina

 ずっと観たい、聴きたいと思っていたオペラです。それもデヴィーアで! 数年前、ナポリで上演予定に挙げられながら、実現しなかったので、この機会を逃すと、もう一生ダメかもしれないと思って、今回の旅では最も期待していた演目でした。12時にドオゥーモ広場の地下のチケット売り場に行って、今日はデヴィーアが歌うと知って、小躍りしながらホテルに戻ったら、ショックなことがあったのですが・・・。
 緞帳が開いて短い前奏曲の間、舞台を覆っていた幕は、寂しげなベアトリーチェの肖像が10本の剣が刺さった菱形の枠で囲まれているデザイン。全幕を通じてほの暗い舞台は、昼間見たコブシの花が咲き乱れる明るいビナスコ城とは全く違うイメージですが、どの場面も洗練された美しさに包まれていました。法廷の場面も、横線で示される数条のわずかな明かりで階段状の部屋であることが示され、次々と着席する裁判官たちは闇の中に沈んでいます。顔のない裁判官たちの冷たい合唱。人品卑しからざるベアトリーチェを死に追いやる人品卑しいフィリッポが同じように人品卑しいアニェーゼを愛するのもわかるような気がします。アンソニー・マイケルス=ムーアは、冷酷で小心な役柄を巧みに演じ、アドリアーナ・ドナートも好演。久しぶりに聴いたホセ・ブロスも聴かせどころを心得ていて、一人として、ちょっと、ちょっと、という方がいらっしゃらないのはさすがです。演出は動的な面を抑制して、侍女たちの動きもみな同じポーズをとって、様式感をかもし出していましたが、あとで見た「蝶々夫人」のいかにも日本ないし東洋、という演出とは別の意味で東洋的な静けさを感じました。その中でベッリーニの美しい旋律によって、報われない愛、裏切り、人の弱さ、醜さ、崇高さが心の奥底にしみ込んでくる名演でした。
 初来日以来何度かデヴィーアの歌唱を聴いてきましたが、この夜はいっそう素晴らしく、最終日に来てしまったことを激しく後悔してしまいました。しかも、着いた翌日はどうしても眠気が襲ってきます。最後のアリアのなんと気高かったことでしょう。自在にコントロールされた声の美しさ、それまで結い上げていた髪をほどいて、従容として歩んでいく姿には、すべてを超越した境地が漂っていました。このような名唱はめったに聴けるものではありません。生身の人間ですから、時には真価を出し切れないで終わったこともあります。とくに日本で聴くと、初日など、おやっ、と思うこともありましたが、健在どころか、ますます磨きがかかった至芸を全身で受け止めた幸せなひと時でした。

アッティラ 4月3日 15:30 パラフェニーチェ ヴェネツィア
     

 Direttore            Marcello Viotti
 regio,scene e costumi   Corso di laurea specialista in scienza e tecniche del teatro,IUAV Facolta di designi e arti
  
 アッティラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Michele Pertusi
 エツィオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Alberto mastromarino
 オダベッラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Elena zelenskaya
 フォレスト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Kaludi Kaludow
 ウルディーノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Massimiliano Tonsini

  パラフェニーチェという劇場に初めて行きました。音は悪いし、殺風景極まりなく、たぶん二度と行かないでしょう。これも初めて観るオペラです。テオドッシュウのオダベッラに期待して行きましたのに、なんとこの日だけは別の方!
 この公演は舞台美術を学んでいる若い方々が演出、舞台装置・衣装を担当されたようで、ロビーには、パネルやデザイン画、生地見本などが展示されていました。将来を担う方々にこういうチャンスが与えられるのはとてもよいことではないでしょうか。ローマの将兵はいちおうそれらしい格好をしているのを除くと、時代考証や場面設定はむしろ避けたのではないかという感じです。もう一つは、いくつかの場面で火が使われ、その数の多さで宴会の場面を象徴させるといった工夫が面白いと思いました。
 タイトルロールのペルトゥージは、少し痩せて、この方としては珍しく音程が乱れたりして、体調が悪いのではないかと心配になりました。エツィオ役のマストロマリーノは声も身体も大きくて、相撲部屋在住者風。フォレストを歌った方は初めて聴きましたが、まずまず・・・。ただ、こういうことは言ってはいけないのを承知で言うと、なにやら山賊風で、私なら間違いなく凛々しいアッチラを選びます。アッチラは気品がありすぎて、とてもフン族の王には見えません。オダベッラを歌った方も力演でしたが、テオドッシュウを聴きたいという思いを消し去ることはできませんでした。

シチリア島の夕べの祈り  4月4日 16:00 テアトロ・コムナーレ・ディ・フェッラーラ
 
 
 

 Direttore             Stefano Ranzani
 Regia
 Scene               Pier Luigi Pizzi
 Costumi

 モンフォルテ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Vladimir Stoyanov
 ベテューネ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Casare Lana
 ヴァウデモント伯爵・・・・・・・・・・・・・・・・・Lorenzo Muzzi
 アッリーゴ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Renzo Zulian
 プローチダ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Orin Anastassov
 エレナ公女・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Amarilli Nizza
 ニネッタ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Tiziana Carraro
 ダニエリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Gregory bonfatti
 テバルド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Cristiano Olivieri
 ロベルト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Stefano Koroneos   
 マンフレッド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Luca Casalin        

 正直にi言えば、順番をつけると、いちばん後ろかもしれません。舞台もピッツィにしては階段を黒い布で覆っただけで、あまり冴えません。衣装もフランス士官は真っ白い将校マント、シチリア人は鳥打ち帽といった具合です。ただ、最後にシチリア人たちがフードつきのマントを着て現われる場面で、同じような衣装でありながら、デザインと色彩が少しずつ違い、それが集団となると美しい調和を見せていたのはさすがでした。この演出では、最後に殺されるのはモンフォルテだけ。アッリーゴとエレナがそばに駆け寄って終わります。
 主要な役を演じる男声の3人はいずれ劣らぬ声量の持ち主。前から4番目の真ん中にいたので、空気の振動がビンビン伝わってきて、まさに声の格闘技でした。ただ一人の女声と言ってもいいエレナ公女役のニッツァはヴェルディを歌うには力不足。以前、アドリアーナ・ルクルヴールを聴いたときは、そんなに悪くないと思いましたが、苦しい場面がたくさんありました。悪口ばかり言って申し訳ありませんが、コーラス、とくに女声はかなりひどい。こう並べ立てると、もうしょんぼりしてしまったのかとお思いでしょうが、実はそうでもなかったのです。なぜかというと、周りのお客さんがとてもとても楽しんでいて、有名なアリアが歌われると、陶酔しきっているのがわかりました。コーラスの人たちは、ほとんど客席を通って登場し、みんな楽しそうです。最初は声が大きければいいってもんじゃない、などと思っていましたが、ブラボー、ブラバー、ブラビーが響き渡る中で、いつの間にか皆さんと一緒に楽しんでいました。終わりよければすべてよしです。

オリィ伯爵 4月6日 20:30  テアトロ・ヴァッリ レッジョ・エミーリア

 Direttore                 Alvaro Albiach
 Regia                    Lluis Pasqual

 Le Conte Ory・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Lawrence Brownlee
 Le Gouverneur・・・・・・・・・・・・・・・・・ Lorenzo Regazzo 
 Isolier・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Giacinta Nicotra 
 Raimbaud・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Bruno de Simone
 Le Contesse・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Stefania Bonfadelli
 Ragonde・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Anna Rita Gemmabella
 Alice・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Rossella bevacqua

 昨年の8月、ペーザロで2回にわたって素晴らしい公演を観ました。とくに最終日は表題役のフローレスをはじめ、このオペラを演ずるすべての人が乗りに乗り、聴衆のすべてが心底楽しんだ稀有の体験をしたのに、再び観たいと思ったのは、演出の意図を十分理解できていないという自覚があったからです。あとで優れた方のレポートを拝見して、自らの理解力の貧しさを恥じましたが、別の方の演出に関する解釈も読ませていただいて、疑問もわいてきました。フローレスという方だからこそ成り立つ演出だというご意見はよくわかりますが、ペーザロ以外ではダブルキャストにならざるを得ないので、ほかの方がどう演じられるかという興味もありました。配役は男性はペーザロとは全部別の方、女性はイゾリエ以外は同じ方です。
 演出はある一点を除いて、全く同じでした。伯爵夫人に扮したソプラノのハイヒールを履いた足の傾け方も、イゾリエ役に扮したメゾの帽子のかぶり方も、すべてが計算し尽されています。とくにイゾリエはペーザロとは別のもっと小柄な方が演じられたのに、演技指導の成果か、形は相似形です。では、どこが違っていたのでしょうか。二幕の冒頭で女性たちが尼さんに扮する男性にお化粧を施す場面は、尼さんの装いを手伝うだけ。フローレスが口紅をつけた姿が可愛らしかったのをご覧になった方は覚えていらっしゃいますよね。なぜメイクをやめたのでしょうか。それはオリイ役を演じた方がアフリカ系の方だったからだと思います。
 以下は全くの私見で見当外れもはなはだしいと後日、反省するかもしれません。迫りくる戦争の予兆の中で、パリの社交界の花形たちがあるパーティの余興として「オリイ伯爵」を演じてみる、筋書きは当然よく知っているという前提ですが、主要な役を演じる紳士淑女に注目してみました。ペーザロでは見落としてしまいましたが、イゾリエを演じることになる方は髪飾りからして豪華です。男性の中では家庭教師に扮する方がいちばん身分が高そう。この二人は、かなり親しい関係ではないのか。そして、オリイ役の青年と伯爵夫人役の女性も・・・・。尼さん姿での二重唱で、女性は尼さんに扮した男性の頭を膝に乗せ、ヴェールの上から撫でるかと思うと、急に邪険に振り払い、青年は肩をすくめ、両手を少し開くしぐさで観客に向かって照れ笑い。そこにかもし出されるのは、かなり馴れ合った関係でした。この夜の演技からは青年の年上の女性に対する恋心はどこにもありません。もっと言えば、オリイの従僕役のこれまた身なりのいい男性と女中頭役の女性は社交界の人としての設定の中ではご夫婦ではないか。フローレスにばかり注目していたペーザロとは違って、ゆとりを持って観られましたので、いろいろな妄想が湧いてきました。
 オリイ役の方は軽めの声で、そんなに悪くはありません。胴回りのたっぷりした、なかなか愛嬌のある方で、フローレスとは似ても似つかぬところがかえってよかったのかも、とあえて言っておきますが、パリの上流社会に生まれ育ったという設定ですから、苦しいです。イゾリエ役は大人の女性のかなり妖しい魅力を漲らせたトドロヴィッチとはまるで違う小柄でキュートな方でした。ご母堂様に二度も出会ったご縁のあるレガッツォは真面目すぎ。尼さんたちも生硬で、ペーザロでは笑いをこらえるのに苦労したのに引きかえ、一度も笑えませんでした。
 でも、全体としては楽しくて、いい公演でした。初めてご覧になった旧知の方(デヴィーアおじさん)は、とても喜んでいらっしゃいましたので、ペーザロで観ていなければもっと高得点になったでしょう。お陰さまで冷静に細かい点まで観察できたので、ボローニャの初日への期待は募るいっぽうでした。

連隊の娘  4月7日 20:00 テアトロ・コムナーレ・ディ・ボローニャ 
         

 Direttore・・・・・・・・・・・・・・・・・・Maurizio Benini
 Rrgia・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Emilio Sagi
 Scene  e costumi・・・・・・・・・Julio Galan


 トニオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Juan Diego Florez
 マリーア・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Eva Mei
 ベルケンフィールド公爵夫人・・・・・・・・Annie Vavrille
 クラーケントロプ公爵夫人・・・・・・・・・・・Stefania Carnevali
 スルピーツィオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Bruno Pratico
 オルテンシォ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Paoro Orecchia

 最初に幕の間から二人の懐中電灯を持った女性が現われ、あたりの様子を窺っています。幕が開くと、炸裂音と閃光。避難している女性たちは恐ろしさに震え、やがて静けさが戻ってきました。半地下の酒保の奥にはワイン樽、下手には大型のラジオがあって、一人の男性が調整に余念がありません。突然ラジオが戦争が終わったことを告げ、薄いマットレスを敷いて寝転がっていた人々は喜びながら片付けて去っていきます。戻ってきた連隊の面々の服装やラジオ、電話、壁に貼ってあるブロマイドなどから、第二次世界大戦ごろの時代設定ではないかと思いました。
 何度か観ていますが、このオペラがこんなに素晴らしいオペラだとは知りませんでした。フローレス、メイをどうほめたらいいのか、言葉が見当たりません。一幕のトニオのアリアのあとの長い拍手! 
パルコからは女性の”Grazie!!!"という声もかかりました。そのあと再び最高音の連発ですから、聴いていて感動のあまり沸騰しそうでした。フローレスは舞台の上で軍服に着替えたり、怪我をした脚をマリーアに手当てしてもらって、自分の腕を噛んで悲鳴をこらえたり、とても芸達者です。そして、メイの愛らしく溌剌とした演技と絶妙な歌唱! 加えて、連隊の面々の演技力にも驚かされました。切々と、<さようなら>が歌われているとき、ある者はガックリとうなだれ、ある者は頭を抱え、ある者はベルケンフィールド夫人を殴ろうとして止められ、それぞれがそれぞれの悲しみを表現します。こういう演技指導とそれに応えられる合唱の人たちも凄い! それなのに、9日後に私を裏切るなんて、あんまりですよ。一昨年の6月、イタリアに向かう飛行機で日本公演を終えたコーラスの皆さんとご一緒になり、仲良くしたじゃありませんか。
 二幕の舞台も見事でした。ガラス張りの部屋の背後は緑の庭園が広がり、ガラス磨きを怠けて脱線ばかりして叱られる召使。タバコを吸いながら屋外の掃除をしている愉快なメイド。ダンスの教師は眼鏡をかけてピアノを弾いていましたが、この人まで脱線。わざとらしく笑わせようとしているわけではないのに、おかしくて、おかしくて・・・・・。そのあとのトニオのロマンツォも、これを聴いて心を動かされない人はいないと確信できる絶品でした。仰々しく、品の悪い公演を観たことがありますが、そういうところの微塵もない最上質のオペラ・コミークを観て、大満足、大興奮。バルに入って、たまたま出逢った日本の声楽家の方やももんがさんと夜中まで話し込んでしまいました。
 

蝶々夫人  4月8日 20・30 テアトロ・ムニチパーレ・ディ・ピアチェンツァ
   

 Direttore               Giovanni di Stefano
 Reggio e costumi         Stefano Monti 
 Scene                Keiko Shiraishi

 蝶々夫人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Elmira Veda
 ピンカートン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Frank Porretta
 シャープレス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Fabio Previati
 スズキ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Chiara Chialli
 ケイト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Paola Leveroni
 ゴロー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Gianluca Floris

 舞台装置は日本の方が担当されたようですが、実際にはありえない不思議なものでした。浅利氏の舞台と同じように最初から幕が開いていて、下手の屏風の前で巫女さんのような髪型の女性がが化粧をし、衣桁にかかっていた水干をまといます。これが蝶々さんかと思ったら、そうではなくて、時々現われて舞を舞う人でした。建物は真っ赤な柱に真っ赤な屋根、衣装も髪型も日本的でいて、ちょっと違います。烏帽子をかぶった黒衣風の召使、袴の上は燕尾服のゴロー、だらしのないお公家さん風のヤマドリ、山伏のようなボンズ等々、周りの人に「いくら100年以上前でも、こんなのありません」と言いたくなりました。
 蝶々さんは、この日だけ歌った方で、とくによくも悪くもありません。スズキ役の方は日本人っぽく見せようとして、かえって変なときもありましたが、歌唱は光っていました。恰幅のいいピンカートンは、能天気そうでピッタリ、けっこう美声です。シャープレス役のプレヴィターリだけは聴いたことがありますが、渋くて、品があって、苦労人という感じがよく出ていたと思います。

セミラーミデ  4月11日 18:00 テアトロ・レアル マドリッド
 

Direttore                     Alberto Zedda
Regia                       Dieter Kaegi

 セミラーミデ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Angeles Blancas
 アルサーチェ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Daniela Barcellona
 アッスール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Ildar Abdrazakov
 イドレーノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Antonino Siragusa
 アゼーマ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Maria Jose Suarez
 オロ-エ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Felipe Bou 
 ミトラーネ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Eduardo Santamaria

 あまり評判のよくない演出なのに、ペーザロで2回、トリノで1回、さらにマドリッドで1回観て、できればもう1回観たいと思ったのですから、そうとうなものです。ロッシーニの音楽は大好きですが、中でも「セミラーミデ」はいちばん好きなのと、日本では絶対に観られないというのが、言葉も全くわからないマドリッドまで私を駆り立てた理由でした。しかも、指揮者もキャストも魅力的です。
 演出でペーザロやトリノと異なっていたのは、一幕二場の本来はバビロニアの空中庭園、この演出ではフェンシングの服装で現われて、侍女たちにマニキュアをさせる場面です。黒づくめのフェンシングスタイルで登場した女王は、脚を覆っていた防具を外すと、見事な脚線美を見せるタイツ姿になり、赤と黒のほとんど打ち合わせのないリバーシブルの巻きスカートをまといます。歩いたり、座ったりすると、すらりとした脚が目を楽しませて、とてもあでやかでした。スペインでは人気のあるソプラノのようですが、容姿の美しさではタコヴァを凌駕します。ただ、高音が苦しくて何度かハラハラさせられました。全体的にはよかったと思います。非常な難曲で、主要な役が6人必要ですから、全員そろって素晴らしいというわけにはいきませんが、これ以上のものを望むのは無理だというレヴェルの高い公演でした。
 おこがましく私なりに選べば、指揮は今回のゼッダ、アルサーチェは2003年8月20日のバルチェッローナ、アッスールは2003年11月30日のペルツゥージ、イドレーノは今回のシラグーサ、オローエも今回のボウでしょうか。アゼーマはなぜか満足したことがないのですが、強いていえば今回のスペインの方が気品があって、よかったと思います。バルチェッローナは本来の力を出し切ったとは言えないけれども、やはりたいへん魅力のある方。このあとだんだんよくなっていくような気がして、ああ、もう1日、滞在を延ばしたいと思いました。シラグーサも最初は緊張気味でしたが、しだいに調子を上げて、ターバンを脱ぎ捨て、スキンヘッドで大熱演。あの髪型を気に入っていらっしゃるようですね。祭司集団は一糸乱れぬ動きをしたペーザロと比べると、少し乱れていたのもスペインらしいし、力のこもった合唱でした。
 3階の真ん中、前から2列目に座りましたが、この劇場は音がきれいに届いてきます。最上階の両脇にかなり大きなスクリーンがあるので、見えにくい部分はカバーできるのも、行き届いた配慮です。高い位置にいると、平土間では見えなかった情景も見えて、できればいろいろな場所で見てみたいと思いましたし、この劇場がとても好きになりました。


ランスへの旅 4月12日 20:00  テアトロ・レアル マドリッド

    
  Director                         Alberto Zedda
  Director de escena y elementos esce'nicos  Emilio Sagi

 
 コリンナ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Laura Giordano
 メリベーア侯爵夫人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Lola Casariego
 フォルヴィル伯爵夫人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Mariola Cantarero
 コルテーゼ夫人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Maria Rodriguez
 騎士ベルフィオーレ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Israel Lozano
 リーベンスコフ伯爵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Jose' Manuel zapata
 シドニー卿・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・David Menne・ndez
 ドン・プロフォンド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Simon Orfila
 トロムボノク男爵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Enric Martinez-Castignani
 ドン・アルヴァーロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Marco Moncioa
 ドン・プルデンツォ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Alberto feria
 ドン・ルイジーノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・David Castano'n
 マッダレーナ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Itxaro Mentxaka
 デーリア・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Adela Lo'pez
 モデスティーナ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Beatriz Diaz
 アントーニオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・David Rubiera

 この公演は、ここ数年、ペーザロで若い音楽家によって続けられているものと同じ演出で、出演者の中にもこれまでペーザロで歌われた方が何人かおられました。私は2003年しか観ていませんが、リーベンスコフ伯爵とシドニー卿は同じ方です。
 ペーザロのパラフェスティヴァルのために設定された舞台ですから、オーケストラボックスに覆いかぶさるかたちで、真っ白なデッキが造られ、真っ白な椅子が置かれ、”Giglio d’oro”という文字の入った浮輪が両サイドに配されていました。
 演出・衣装はペーザロと同じです。ペーザロのように最上階から直接舞台に降りられる構造ではないので、コリンナのアリアはロイヤル・ボックスで歌われ、最後に風船を持って登場する王様は客席右側のドアから入り、真ん中の通路を通って、観客と握手しながらオーケストラボックスの前までやってきます。明日も観るので、いろいろな場所を試したくて、この日は4階の最前列に座りましたが、よく見えたし、よく聴こえました。
 歌い手は女中頭役とコルテーゼ夫人以外は、スペインの若い方が主体ですが、真摯に、しかも楽しく取り組んでいらっしゃる姿が頼もしく、レヴェルも高く、楽しいロッシーニを聴けたことを幸せに思っています。日本にもやってきたドン・プロフォンド役のオルフィラがいい味を出して、地元でも人気があります。コリンナ役のジョルダーノは、少しふっくらして、か細かった声が力強くなりました。カンタレロは貫禄十分、ラス・パルマスの「清教徒」ではエルヴィーラに抜擢されています。

ランスへの旅 4月13日 20:00  テアトロ・レアル マドリッド 

 Director    Josep Vicent

 二日目は平土間にしました。行ってみたら一番前の中央通路側、指揮者の斜め後ろでした。指揮者が若い人に替わっただけで、出演者は昨日と同じです。ブレア首相をもっと若く、もっと善良にしたような感じで、ニコニコしながら溌剌と指揮し、昨日の老練なゼッダとはまた違った楽しい演奏でした。昨日の初日はバラバラだった場面もきれいにまとまってきて、だんだん良くなりそうな予感がします。最前列に座ると、当然ながら細かい演技が見てとれて、いろいろな席を試してみるのもいいなと思いました。モデスティーナというフォルヴィル伯爵夫人の女中役を演じた方は、ずっと風船ガムを噛んでいて、あれでよく歌えるなと感心しました。噛んでいるふりではなくて、ときどき膨らませたり、引き伸ばしたり。たいへん個性的な演技で異彩を放ち、二幕ではドレッシーに変身。大活躍です。
 今日は縞のシャツを着た子どもの王様から握手していただく光栄に浴しましたが、とても可愛い! ペーザロでは最上階から舞台に降りてきて、缶入り飲料を飲んでいましたよね。 ここでは舞台に上がれないので、通路に座り込んでバッグからチョコレートを取り出してお召し上がりになり、舞台の上のバスローブ姿から一変してあでやかに正装した人たちが紙テープを投げあったりして騒いでいて、誰も相手にしてくれないので、くるくるパーの格好をして、恐れ多くもウインクを賜ったのち、風船の束を手に去っていかれました。
 思いがけず、スペインで上質のロッシーニを3夜にわたって楽しめたましたので、はるばる来た甲斐がありました。

さまよえるオランダ人 4月15日 20:00 アルチンボルディ劇場 ミラノ                       

 Direttore                Gennedij Rozdestvenskij
 Regia                 Yannis Kokkos

 ダーランド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Hans Tscharmmer
 ゼンタ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Eva Johanson
 エリック・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Lan Storey
 オランダ人・・・・・・・・・・・・・・・・・・Juha Uusitala
 マリー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Mette Ejsing
 舵取り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Daniel Kirch

 ワーグナーについては超が五つ六つ付くぐらいの初心者です。以前、「ゼルミーラ」で素晴らしい舞台を見せてくださったコッコスが担当されると知って、のこのこ出かけました。白と黒、光と影の世界に波の映像がステージを揺らします。前方に向けて斜めに傾斜した舞台の中央を四角く切り取って、そこが海のようですが、波は時には舞台全体を覆いました。 オランダ人もダーラントも演技らしい演技をせず、真っ白な舵だけが目立つ暗い舞台で、ほとんど棒立ちで歌います。第二幕も大きな糸車と数脚の椅子だけが真っ白で、あとは女性たちの衣装も含めて黒の世界。その中でゼンタがエキセントリックに歌います。ステージの真ん中に敷かれた布がオランダ人の絵のはずですが、私の位置から観る限り、人間の肖像ではなくて、逆巻く波のように見えました。ご存知の方がいらっしゃたら、教えてください。第三幕の水夫たちがやりあう場面も7個のカンテラ以外は闇。唯一、舞台が明るくなるのは、ゼンタが黒い服を脱ぎ捨てて、白い服のまま中央の海に見立てた部分で仰向けに横たわったときだけでした。そのとき青黒かった海は緑に近いブルーに染まります。ぐるぐる回るだけの糸車の世界から、海の彼方の未知の世界にひたすら憧れるゼンタの想念が際立ち、他の登場人物は実在感が希薄なような気がしましたが、見当外れでしょうか。
 音楽はとても美しく、エヴァ・ヨハンソンの歌唱も素晴らしいと思いました。

オリィ伯爵 4月16日 20:30 テアトロ・コムナーレ・ディ・ボローニャ

 direttore・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Jesus Lopez Cobos
 Regia
 Scene ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Lluis Pasqual
 Costumi
 
 オリィ伯爵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Lawrence Brownlee
  Raimbaud・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Bruno De Simone
 Le contesse・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Stefania Bonfadelli
 Le gouverneur・・・・・・・・・・・・・・・Lorenzo Regazzo
 Isolier・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Giacinta  Nicotra
 Alice・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Rossella Revaqua
 Ragonde ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Anna Rita Gemmabella

 オーケストラとコーラスのストという、とても残念な結果に終わってしまって、なにも書く気が起こりません。オーケストラとコーラス抜きの「オリイ伯爵」がいかに詰まらないか、よくわかりました。一幕は上記の7人、二幕はレガッツォが抜けて6人でアリアと重唱だけ。フローレスがキャンセルしたのは当然かもしれません。「連隊の娘」に続いて二度も初日がストなのですから。いきなりアリアを歌わされた代役の方(レッジョ・エミーリアエと同じ方)もいかにも歌いにくそうでした。お金のことは言いたくありませんが、154ユーロにしては、あっという間に終わってしまいました。
 終幕後、初めてご覧になったという日本の方と少しお話しましたが、「えっ、あれは衣装だったのですか?」とびっくりされていました。流れのないまま、今夜の公演を観たら、コンサート形式で自前のドレスで出演していると思われるのも無理はありません。

真珠採り  4月18日 15:30 マリブラン劇場(ヴェネツィア)    

 Direttore                Marcello Viotti
 Regio
 Scene                 Pier Luizi Pizzi
 Costumi

 Lelia・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Annick Massis
 Nadir・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Yasuharu Nakajima
 Zurgar・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Luca Grassi
 Nourabad・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Luigi De Donato
 (配役のメモが見あたらないので、後日、補足します。主役の変更はありません)


  日本のテノールが主役を歌われるというので、大いに期待していたのですが・・・・。ピッツィの舞台は黒い石の階段の前方に赤い少し反り返った平面を配した赤と黒の世界。衣装も黒と赤と褐色がおもに使われ、沈潜した雰囲気を出していました。フェッラーラの舞台よりは遥かにセンスが光っていましたが、ピッツィも手を抜くことがあるのでしょうか。なお、ズルガは人々に殺されるのではなくて、二人の恋人たちを逃がしたあと、一人で火刑台に上がっていくという設定でした。「シチリア島の夕べの祈り」の幕切れといい、この演出家は無残な場面はお嫌いのようですね。
 歌唱ではズルガ役が良かったし、マッシスも少しざらついていた声がだんだん美しくなりました。肝心の方ですが・・・・・。あまり書きたくありません。この日だけ調子が悪かったと思いたいです。


 

2004 海外②

2004年 オペラ 海外編②

清教徒 5月22日 ラス・パルマス Teatro CUYAS  20:30
    

 アルトゥーロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Juan Diego Florez
 エルヴィーラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Maria Cantarero
 ジョルジョ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Simon Orfila
 リッカルド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Juan Jesus
 エンリケッタ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Maria Rodrigues Cusi
 グヮルティエーロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Elia Todisco
 ブルーノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Jorge de Leon  
 

 二回観る予定が一回になってしまいましたが、とてもいいお席がいただけて、素晴らしい舞台を存分に楽しむことができ、感謝しています。会場のTeatroの名のCuyasは、クジャースあるいはクヤースと発音するようですが、通りから少し入ったところにひっそりと建っています。外観も内部も次の日に行ったリセウ劇場とは比べるべくもない質素なたたずまいで、天井を一面に飾る星座のような小さな電球がわずかに目を引く程度です。
  でも、ここで繰り広げられた世界は、どんなに豪華な劇場にも負けない感動の世界でした。序曲の途中で幕が開くと、ところどころに崩れの見える古い館の石の壁に見立てたパネルが前面に見えます。やがてそのパネルが左右に開いて、城内の場面が始まりました。暗く沈んだ美しい舞台にリッカルドが現われ、エルヴィーラに対する切々とした思いが歌われました。アリア<Ah! Per sempre io ti perdei>はバリトンの失恋の歌の中でも大好きな曲の一つですから、固唾を飲んで聴きましたが、まずは水準以上の出来だったと思います。エルヴィーラを演じたスペインのソプラノ、カンタレロは第一声から見事でした。少しふっくらとした体型と長めの金髪。泰西名画から抜け出したようです。さらにジョルジョ役のオルフィラの深ぶかとした気品のある歌唱が今夜のオペラの成功を確信させてくださって、次の場面に向けて期待感がふくらみます。
 アルトゥーロとエルヴィーラの結婚を祝う第三場は、白い大きな襟の付いた黒服姿という清教徒のイメージとは違って、人々が美しく装って登場します。そこにエルヴィーラへの贈り物であるヴェールを持って現われた騎士アルトゥーロの目も彩ないでたち! 純白の羽飾りの付いた大きな帽子とマントの下は銀色のブラウスです。男性はすべて両頬から顎を覆う髭(上の写真のような感じ)と長い髪の上に帽子をかぶっていましたが、髭と鬘をつけたフローレスを初めて見ました。<A te, o cara, amor talora>が精魂こめて歌われ、満場が熱狂したのは言うまでもありません。前から三番目に座っていたので、歌い手の方の息遣いが伝わってきて、楽々と高音が迸るようでいて、どんなに緊張感を持って歌われているかよくわかりました。
, 第二幕のジョルジョのロマンツァ、エルヴィーラの狂乱のアリア、美しい声の魅力にただうっとり。勇壮なジョルジョとリッカルドの二重唱と進んで、だんだん終わりに近づくのが残念でなりません。
 第三幕のアルトゥーロは一幕の華やかな姿とは打って変わって、黒いマントで身体を覆ったやつれた姿。舞台の奥には糸杉が何本が立っています。これまで何度かフローレスが出演するオペラを体験しましたが、カンタレロとはとても相性がいいように思いました。若いころから聴いてきたフローレスは、いま絶頂期。幸いにも遠方まで聞きに行ける時間と体力があることを感謝せずにはおれません。
 地元の方々による合唱も、密度の濃い練習が重ねられたことを物語る整然とした動きと美しい歌声を披露してくださいました。イタリアやスペインのコーラスの方は、年齢層が厚く、お芝居が上手ですから、とても楽しめます。
 時よ止まれ、と念じているうちに、とうとう終幕を迎えてしまいました。スタンディング・オベーションが長々と続き、舞台の上の方々と聴衆の心が一つになったようです。フローレスが鬘を脱ぐと、カンタレロがお茶目ぶりを発揮して、自分の髪の毛を引っ張っていました。もちろん地毛ですから、脱げるはずもないのですが。
 帰りはタクシーでと思っていましたが、高ぶった心のまま深夜の町をホテルまで歩いて帰ったのでした。「清教徒」をナマで体験するのは、これが五回目。間違いなく最高の体験でしたし、今後、これを上回る公演に接することができるかどうか、非常に疑問です。
 

神々の黄昏 5月23日  バルセロナ リセウ劇場 17:00                

  Director de escena                              Harry Kupfer
 Escenografia                                      Hans Schavernoch
 Vestuario                                          Reinhard Heinrich
 Iluminacion                                        Franz P. David
 Orquesta y Coro                                 Orquesta y Coro del Gran Teatro del Liceu
  Produccion                                       Deutsche Staatsoper Berlin
 Actualizado                                        23/05/03 - (CAMBIOS PROVISIONALES)
 Director musical                 Bertrand de Billy

    
 Siegfried・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・John Treleaven
 Brunnhilde・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Deborah Polaski 
 Alberrich・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Gunter von Kannen
 Hagen・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Matti Salminen
 Gunther・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Falk Srtuckmann
 Gutrune・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Elisagete Matos 
 Waltraute・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Julia Juon
 1.Norn・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Julia Juon
 2.Norn・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Gatherine Keen
 3.Norn ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Elisagete Matos
 Woglinde・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Cristina Obregon
 Wellgunde・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Maria Rodriguez
 Flosshilde・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Francisca Beaumont 
  

 リセウ劇場は初めてです。朝から飛行機を乗り継いで、17時の初日の開演に間に合うかどうか、かなりハラハラしました。幸運にも順調な運航で16時少し前にチケット・オフィスにたどり着いて、一安心。チケットは半年ほど前に劇場のHPのon-line販売で予約済みですが、ラスト・ミニッツのチケットを買う方と同じ窓口で発券するので、かなり待たされました。私の席は日本でいう2階の5番のパルコ。この劇場は各階ごとにパルコとその前の2~3列のバルコナータ状の席があります。パルコは定員6人ですが、長距離移動で疲れて居眠りをしても見つからないように、いちばん後ろの席にしました。驚いたのは、チケットのバーコードの部分をドアノブの下の隙間に差し込むとドアが開く仕掛け。ただし、世の中は思い通りにいかないもので、うまく作動しません。結局、毎回、案内係の方にマスターキイで開けていただきました。6人が入れる個室には、前列に若い男性が二人いただけ。あちこちに空席がありましたので、当日でも買えそうな気がします。お席が下手寄りでしたので、25%ほどは死角になってしまいましたが、音もよく届き、まずまずでした。
 最初に何やらアナウンス。幕間に出会った在住の日本の方に伺うと、サルミネンが喉の調子が良くないので、マイクを使わせてもらう、という内容だったそうです。この演出の公演が日本でもすでに行われているので、ご覧になった方がたくさんいらっしゃると思います。上の写真のように、ネオンサインのような発光管が場面に応じて青・赤・緑に光り、無機質でシンボリックな舞台です。私の席からは下手の壁から突き出ている物体は全く見えませんでした。
 ワーグナーについてはお話にならないほど不案内で、なんの予備知識もない身ですが、居眠りの恐怖は杞憂でした。ベルカント・オペラだけでいい、この世界にはまり込むのはやめようと思っているのに、あの壮大な音楽の魅力は否が応でも迫ってきます。素晴らしい歌を聞かせてくださったのは、ブリュンヒルデを演じたポラスキ。最後の絶唱では高音が2,3箇所苦しかったものの、あの大変な歌を美しく歌いきって、もう大興奮です。ハーゲンを演じたサルミネンも、不調など感じさせない熱演でした。ワルトラウテ、ノルンやラインの乙女は、スペインの方が歌われ、明らかに発声は違いましたが、違和感は感じませんでした。グンター役のシュトゥルクマンの髪型と鼻下の髭がヒトラーに似ていると思ったのは考えすぎでしょうか。この世の終焉が訪れ、アルベリッヒが手にした指輪が粉々に砕け散り、年若い姉弟が木を植える最後の場面は、とても印象的でした。表情だけですべてを表現したアルベリッヒ役の方は名優です!
 リセウのオーケストラもとても頑張ったと思います。その後の数日間、スケールの大きい旋律が身体を駆け巡って、繊細な美しさをたたえた「清教徒」の音楽に覆いかぶさってきましたから。最後の音が消えると、オーケストラボックスの方々がさっさと出ていかれるので、あれれ、と思っていましたら、カーテン・コールのときに、歌手の方々に続いて、全員がステージの上に並んで賞賛の拍手を浴びました。10回に満たない乏しいワーグナー体験では、こういう場面は初めてですが、ワーグナーのオペラではよくあることなのでしょうか。お詳しい方に教えていただきたいものです。

愛の妙薬 5月26日  ジェノヴァ  カルロ・フェリーチェ劇場  20:30    

 Direttore                     Roberto Rizzi Brignoli
 Regia                       Fillippo Crivelli
 Scene                       Emanuele Luzzati 
 Costumi                      Santuzza Cali

 アディーナ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Svetla Vassileva
 ネモリーノ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Francesco Meli 
 ドルカマーラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Ildebrando D’Arcangelo
 ベルコーレ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Gabriele Viviani 
 

 いま評判のヴェネズエラ出身のアキレス・マチャードのネモリーノが聞きたくて行きましたのに、天は無情です。この劇場はBキャストの日は明記しているので、必ず聴けるはずでしたが、チケットをいただくときに、虫の知らせか「今日は誰がネモリーノを歌いますか」と尋ねてしまいました。ああ、やめておけばよかったのです。聞かなければ、あと2時間以上、楽しい気分でいられたはずです。「ええっ! マチャードじゃないの」と思わず叫んだら「日曜のお昼においで」ですって。そんなーっ、日本に帰る日じゃないですか。
 なんとか気を取り直して、ひょっとしたら、代役さんがとてもいいかもしれない、マチャードがパルマでサルトリの代役でホフマンを歌って、大喝采を浴びたそうだから、その連鎖が続くといいなと思っていました。開幕前に「マチャードに代わって、ジェノヴァ出身の若いテノールのメッリが歌います。Aキャストとして初デビューです」というアナウンスが流れると、周りの定期会員らしいお年寄りは大喜び。<Quanto e` bella, quanto e` cara>のときは、きっと心臓がバクバクなのね、と半ば同情的に評価していたのですが、<Una furtiva lagrima>の凄いこと! 音程はぶらさがり、高音は逃げまくり、全く歌になっていません。てっきり、ブーイングの嵐と思いきや、ブラボー! ですって。ブーなんて言ったら、殺されるかと押し黙った情けない私です。それでも、上のほうの席から二声ほど、勇敢な声が聞こえてきました。カンパリニズモだかなんだか知りませんが、贔屓の引き倒しです。いささかジェノヴァの聴衆の見識を疑ったと言ったら、厳しすぎますかしら。あまり悪口は言わない主義ですが、今回だけは言わせていただきます。
 アディーナのヴァシレーヴァは、東欧出身の方に多い澄んだ声の持ち主で、テクニックもしっかりしています。11月にフィレンツェでジルダを聴いたばかりですが、あんなあばずれ女風ではなくて、知的で可愛いアディーナでした。ダルカンジェロも好きなバスの一人。珍奇な衣装を着けて、胡散臭そうでいて、いいところもあるドルカマーラを好演。ベルコーレ役のヴィヴァーニは、もう少し声も姿も粋だったらいいのですが、少し間延びがするというか、まあ、普通。
 舞台の両側から不思議な樹木が滑り出てきたり、アディーナや村娘たちの衣装も台本の設定とはほど遠いイメージ。これだけ頻繁に上演されると、演出家の方も苦労されるのでしょうね。写真がまだ手に入らないので、プログラムの中の絵をUPしておきます。

 フィレンツェの麦わら帽子(ニーノ・ロータ)  トリノ レッジョ劇場 5月27日  20:30
 
 Direttore                     Bruna Campanella
 Regia scene e costumi           Pier Luigi Pizzi
 Maestro del coro              Claudio Marino moretti 
   

 Fadinard・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Luca Canonici 
 Nonancourt・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Giovanni Furulanetto
 Beaupertius ed Emilio・・・・・・・・・・・・・・Alfonso Antoniozzi
 Lo zio Vezinet,sordo・・・・・・・・・・・・Stefano consolini
 Elena,figlia di Nonancourt・・・・・・・・・・・Elisabeth Norberg-Schulz
 Anaide・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Paola Antonucci
 La baronessa di Champigny・・・・・・・・Elena Zilio
   

    

 4月にボローニャでデヴィーアがエレナを歌っているCDを買い、その後、原田氏が送ってくださった台本を頼りにやっと全貌がわかったところで出発しました。CDを聴いて、これは聴くオペラではなくて観るオペラだと思いましたが、主役は演出から美術・衣装をすべて担当したピッツィです。ありがたいことに、ある方が上記の写真を送ってくださったので、同じ演出で99年にフローレス主演で上演されていたことを知りました。
 結婚式の当日、パリへ向けって馬車を走らせていた花婿が森の中で馬車を止め、ちょっと目を離した間に、馬が森の中で逢う瀬を楽しんでいた夫人の麦わら帽子を食べてしまって、大騒動が始まります。最近では、これほど台本どおりの演出はほとんど見られないのではないでしょうか。4幕のオペラのどの幕も美しく、キャストも演技のしっかりした実力者ぞろいで、楽しい時を過ごせました。上の写真にちらりと見える二頭の白馬は最初のほうでも上手から下手まで大人しく舞台を横切りました。帽子を食べられたアナイーデの恋人と嫉妬深い夫の二役を演じたアントニオッツィは、見事な演技力でお腹がよじれます。気難しい舅を演じたジョヴァンニ・フルラネットの老け役も秀逸。問題はカノニチです。ずっと前からCDやビデオを通じて、なぜか気になる存在。高音が決まらず、ときどきとんでもない失敗をしたりしますが、美しい声の持ち主だと思っていました。愛知芸術劇場のこけら落としの「椿姫」に出るというので、ホテルを予約して出かけたら、別の方に代わっていたりして、ナマは、コンサートと演奏会形式の「椿姫」の二回だけ。心配しながら聴きましたが、まずは無難に歌っていたのでほっとしました。台本を読み落としたのか、エレナが新しい命を宿しているとは、知りませんでした。二人だけになった新婚の夫婦が客席に背を向けて椅子に座ると、スクリーンがさがってきて、甘いラブシーンが映り、Fineの字幕でオペラが終わるという、どこまでもお洒落なオペラです。いつのまにか、<Hai cappello>のリズムとメロディが身体の中に忍び込んでいました。

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